アットウィキロゴ

新型の電子玩具が発表される度にをもうこと 「東京kittyアンテナ(2013.10.23)」より



■ 新型の電子玩具が発表される度にをもうこと 「東京kittyアンテナ(2013.10.23)」より
(※ 太字はmonosepia)
/
昨今電車に乗ると、
以前は皆読書をしていたものだが
今は皆知電(スマホ)を弄っている。

その姿は正にスマホ猿と呼ぶべきもので、
電網の端末の部品にまで退化した
愚民の哀れな姿にをもえるだけでなく、
その画面を必死になって擦ってる姿が
集団自慰行為の様にも見え、
腹の底から湧いて来る
笑いを堪えるのが大変である(@wぷ

扨(さて)、
新しい電子玩具の発表がある度に
大して新技術も入っておらず、
ちょこっと手を入れただけの
自動車業界も真っ青の
しょーもないモデルチェンジに踊らされた
愚民が雲霞の如く蝟集して興奮する
しょーもない集団自慰大会が始まる様である(@wぷ

人間の自我、所謂毛唐が固執する小我は
瞬間ごとに生成され、
目の前の現実から0.5秒遅れている。
デカルトの"Cogito ergo sum"(我思う故に我あり)
というラテン語も、
"Cogito"(私は考える)と"ergo"(故に)を
言っている自我意識は
究極的にはもう別のものなのだ(@w荒

瞬間ごとに生成される自我意識
即ち小我が自らの継続性を詐称するために
偽造された「今」に
固執して新しいものに
飛びつくという訳だね(@wぷ

ハイデガーは
「存在と時間(Sein und Zeit)」の中で
必死にデカルトを叩いて
近代を超克しようとしたが、
遠い昔に「ミリンダ王の問い」で
明らかになった様に
存在を諸関係に還元できず
究極的には自我意識に依存せざるを得ない
西欧文明というか西欧語の限界までは
超越できなかった様だね(@wぷ

毛唐の作った電子玩具に惑わされて
大して新しくもないのに
偽りのパラダイムチェンジに騙されて
興奮してる連中を見ると
熟々(つくづく)毛唐に精神汚染された
根無し草だなとをもってる(@wぷ










.
最終更新:2013年10月24日 16:53