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I Have No Mouth, and I Must Scream 「独りファシズム(2013.10.25)」より



■ I Have No Mouth, and I Must Scream 「独りファシズム(2013.10.25)」より
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関東圏でサンプリングした児童の70%からセシウムが検出される悲惨な事態となっているのだが、行政は「放射線は無害である」という文脈によって現実を抹消しようとしているのであり、おそらくこれは人類史上最悪の「構造的暴力」(Structual Violence=国家や企業などによって行使され、有責者者が特定されにくい暴力)となるだろう。

「皆様のNHK」は風評被害の一掃だとかで汚染地の産品を食べろと宣伝に余念がないのだけれど、公共放送とは総務省直轄の特殊法人という純然な官吏機構なのであり、戦中においては846回にわたり虚偽の戦況を流布したとおり、そのような欺瞞行動は国策なのである。

彼らは終戦後も「治安は維持される。日本人市民はそのまま留まるように」とラジオ放送を繰り返し、その間に高級官僚は膨大な家財とともに朝鮮を脱出しながら、残留邦人はソ連軍に蹂躙された凄惨な史実を忘れてはならない。

今時代においても公共放送は民衆を欺き、高線量地域で数十万人の未成年者が放置されながら、これを安全だと喧伝しているのだから、卑劣さは病的であり普遍である。「ふくしま集団疎開裁判」を通じ小学生が避難させてくれと必死に訴えているにもかかわらず、彼らはこれを黙殺するのであり、小さい者達は報道のナラティブ(放射能は安全という物語)によって見殺しにされようとしているのだ。

先日ある小学校長は「我校は公立であるのだから、すべて国の決定に従うのです」などとのたまい、汚染が濃厚に疑われる給食の続行を決定したというのだが、つまりこのバカは、生命よりも立場を、科学よりもドグマを、子供よりも組織を優先すると公言したのであり、すでに全体主義は教育現場から胎動を始めているのだろう。
+ 続き
何度でも繰り返すが、子供は僅か10数年後の労働者であり、生産者であり、消費者であり、納税者であり、納付者であり、国防者であるのだから、彼らの被曝問題は人倫的テーゼであると同時に経済的テーゼであり、疎開を拒否するのであれば、それは国家の自爆テロに等しい。

結局のところ中長期的に市場と消費者を育成するという正当な資本主義ではなく、四半期単位で爆発的な利潤を確定するという市場原理主義に犯されているのであり、国家議会も中央官庁も地方自治も経済団体も短期的な自己利益のみを射程に捉え、つまり「後のことはどうなろうが知ったこっちゃない」というRogue Economics(ならず者の経済理論)を規範としているわけだ。

いずれにしろ国家議会を睥睨する外国資本は、民族社会の存続により長期的タームで継続的な利潤を得るというヴィジョンではなく、「惨事便乗ビジネス」により民族社会を破壊し短期的利潤を確定するというモデルを選択したのであり、今後決定される政策群は投機システムのアルゴリズム(演算規則)に基づくのだと捉えなくてはならない。

換言するならば、我々は早期に利益回収と減価償却を図るべきPlantation Slave(植民地奴隷)とみなされ、すでに人間的合法性を失い家財化しているのだ。

いよいよ今日には秘密保全法案が上程されるのだが、健康被害の顕在化により大規模な抗議活動が予測されることから可決が急務なのであり、それ自体が自由貿易により支配を目論む海外勢力の教唆であることはこれまで論考したとおりだ。行政事項が41万にもわたり秘密化されるというのだから、この体系が北朝鮮をも凌ぐ人治国家となることは語るまでもない。

もはや「秩序」は過激な禁圧によってのみ維持できるのであり、むしろそれは人類史で繰り返されてきた常套的な支配手段であり、「暴力の私化」という普遍的な権力衝動であり、「国家とはある一定の領域内で物理的暴力行使を独占する共同体である」というエピグラム(警句)の体現なのだろう。

昭和期の治安維持法も財閥を頂点とする戦時経済レジームの所産なのだが、我々はそのようなイデオロギーの鏡像を追体験するのであり、つまるところ原発事故とTPPを契機に暗黒法が復古するのである。

すでに道理を道理として認めない異常心理が構造化され、自由に物言えぬ時代空気が重く垂れ込めているのを感じないだろうか?だとしたら、それはファシズムが醸成する「ピア・プレッシャー」(同調圧力)に拠るだと思う。

おそらく我々はとっくにアンチ・ユートピアの住人なのだろう。累積的なメディア・メッセージはそのような文明のドラッグであり、我々に重度の知覚麻痺を生じさせているのだけれど、かすかに覚醒した意識の断片が、五輪招致を伝える滝川クリステルの美しい相貌に潜む底なしの闇をじっと凝視したりするのだ。











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最終更新:2013年10月27日 19:33