VIDEO
@freeten-r8h
自分は浜崎さんと同年代なのだけど、高校生の時にある教師が
「今の日本はサファリパークで、日本人はそのサファリパークの動物たちなんだよ」と
言われて、それが強烈に自分の中に今でもずっと残っています。
まさに90年代の小春日和と言われた年代でした。
@渡邉靖-z5r
大学3年生だった1995 年、1月に阪神淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件と恐ろしいことが立て続けに起き、一体どうなっているんだと不安になった記憶があります。あれが、「虚構の時代」と「小春日和」の終焉だったのですね。
@KairiUmi
その小春日和の時代でさえ苦しんでた人は沢山いましたね🌸🍒🐸
@baka-bomb7186
押井の攻殻も95年だったな。冒頭から、冷戦後、バブル崩壊で茫然自失の日本人に喝を入れるようなムードだったな。
@user-wv1pv7ed7j
95年~2010年は今から思えばまだマシだな…
2011年以降→2020年以降と暗黒の度合いが増していってる
@るるいえ-n9m
実感としては大企業がこぞって「守り」に入ったからだと思えたな。大企業は利益を自分の体力保存にあて、正社員にすら還元しなくなった。正社員を切っていった。それに対しすでに骨抜きにされていた組合は何もできなかった。今だっていわゆる「上級国民」は金は持ってるし結婚もしてるよ。不安は抱えているにしても
@定岡昭雄
そろばんとか、電卓とか、暗算と言った世界で吐出していた日本人の特技が、Windows95が販売されExcelと言う戦略的で先進的、そして、超高知能なアプリケーションの出現によって、世界中のMUNOUな市民たちが日本人の計算速度に追いついて追い越してしまったことが大きいと感じる。
@kazuhikoikebe6102
日本の小選挙区制も1995年頃。衆議院で1994年に制度が成立し、初めての実施が1996年10月20日の衆議院総選挙から。
@zet-g8i
1995年じゃないぞ。バブルが始まった時点で日本の終わりが始まったんだよ。円高の始まりでバブルが始まり日本中の町工場が倒産し始めた。1980年代に日本は崩れ出したんだよ。
@namikimiti6157
死なない年寄りのせいだと思う。バブルに浸り切った団塊が死なないせいで、のんべんだらりと緊張感を持たないあの連中が多数だったせいで、何度も何度も危機がこの国を襲っても、本当に何も変わらなかった。いまはその死なない連中の介護のために、4つもルートを引いて、介護名目で入国するってことにすれば最初から家族も帯同もつけて移民を入れてるんだよね。高齢少子化はセットで語るべきではない。原因と結果をセットに語るべきではないなと思う。高齢化、高齢化だから少子化。死なない年寄りは新しい命を育もうという希望を根こそぎにしたと思う。
@ふじい-f3g
なんかお気楽様です(笑)頑張って下さいませ😮
@kll3406
そのあたりで宮台真司が出てきて、ぞっとした記憶がある。
なんとも言えない不快感だった。
@kll3406
宮台真司は小春日和を抜けきれないあがきだったんだね
@baka-bomb7186
何が95年以降だ。95年のサリン事件で、オウムのバックやってた石原慎太郎は金バッジ外して政界から逃亡、吉本隆明もオウムのテロを擁護して誰も相手にしなくなった。日本国は一時的に健康になって、俺の始めた歴史の議論の追いかけで、保守は日本会議だのつくる会だの自由主義研究会だのと気味の悪い運動を始めたんだろ。
@baka-bomb7186
クーデターを起こして、パトロンだった石原を総理大臣に据えるつもりだったらしいが、まあ、マンガみたいな奴らだった。
@baka-bomb7186
敗戦国感覚では、当たり前に日本人であることは民族派右翼であることを意味するか? 民族派を英訳すると、エスノセントリズム(少数民族中心主義)になってしまって、民族自決の精神からはやや遠退いてしまうけれど。俺は名誉白人だとか、大江式「曖昧な日本の私」だとかに、自分の人生を丸投げは出来なかったからな。加藤典洋が現象学的戦後論として、『敗戦後論』を書いてたけど。
@ねまき猫-x8x
高度成長期に生まれた私にとって、未来は明るく希望に満ちていた
それは虚構であっても夢は持てていた
バブルを知らない世代が社会を支える令和の日本
家庭も職場も崩壊しやすいこの社会構造の先には消滅しかない
日本人が今取り戻す価値観は日本の風土に溶け込んだお陰さまやお天道様は見てるの何気ない礼節や秩序を重んじる精神性の高さだと感じる
@tssg9961
第二次世界大戦後って、世界史的見ても特別な時代だったのです。
理想も夢もないのが「普通の時代」です。
ピケティを読んで分かりましたが、第二次世界大戦後は、高い経済成長率で国民の格差が小さくなった唯一の時代でした。
もう、失われた30年というのは止めて、【普通の】歴史に戻る時代と再定義するのはいかがですか。
@さざんがく-k2f
考えれば氷河期世代以上の日本人なら思い出せるはずですが景気が良かった頃ですら
無職はゴミ系の考え方など日本人はしていなかったのに景気が悪くなればなる程
こういう考え方をする人がどんどん増えて行きました。
なぜこんな異様な国民が量産されたのかは自己責任論を受け入れすぎているからであり
子どものやっているいじめはただ単に社会で大人がやっている
社会や経済の問題など少しも解決しようとせずに社会と経済もよりよいものにしようともしない
それでいて自分より下層な人達に責任や努力だけを強要している多くの大人の日本人の
真似事にして鏡像なのですがこれを言われてぱっと分かる人の方が少ないと思います。
単純にこれが失われた三十年を生み出した原因でしかなくて
帰化人が未だに増税と緊縮財政、移民で日本の侵略を完遂出来ると信じていてもおかしくない程
日本の中流や中間層を自認している人達はかなり変です。いい加減変わるべきだと私は思いました。
@yuki-s2i6v
イランが注目されて、真実を知らない日本人は米国の目を通して間違った知識を得て物を言っている。70年代までは高度成長期にはイランから安定した石油を輸入できていた。革命後、モサデック打倒してバーレビーを傀儡に据えた米国に從い、上手くやっていたイランを中国に追いやることに。今は下僕と化し、現地や歴史を知らない日本人が米国と同じ観点でイランを悪く書いている。そんな本が売れるのが不思議。中国か米国に感化されがちな日本で、中東への独自の見解を持つ人は少ないのが残念。江戸時代に不平等条約を米国の大砲を眼下に据えて押し付けられた日本とイランガ重なって見え😅る。
@zet-g8i
欧米の各政府が日本をどう見てるか、一般の日本人は知らないんだよ。言ったところで欧米と仲間になって安心したい日本人は怒り狂って真実を話した人間を逆恨みするだろう。信じたいから信じてるってやつだから。
@zet-g8i
そもそも強い軍隊で守られても無く核で守られてもいない日本がどんなに技術で世界最先端に到達しようがどんなに金持ちになろうが砂上の楼閣なんだよ。
スゲー金持ちやスゲー天才がいても弱かったり家のドアが開けっぱなしなら周囲の人々がゴロツキ化して襲って来るし天災もソイツらの宿題やらされたりソイツらの手柄にされ消されたりするんだよ。
国を建国してまず第一にやることは強兵。これをやらなかったらすべてを奪われる。金持ちになるとか技術を磨くとかは二の次でいいんだよ。カネも技術も手柄も女も土地も盗られる、日本がそういう盗られまくる国になったのは強い軍隊も怖い警察もいないからだぞ。
まずは強い軍隊を持つ国にならないとな。
@XIKU-r4j
一般論おじさん、ご苦労さん。
@一刀両断兜割り
なんかそれっぽく語ってるだけなんだよな
言葉を並べてるだけというか
ステファニア・ロッタンティ・フォン・マンダッハ
Stefania Lottanti von Mandach
チューリッヒ大学 東アジア研究所 研究員
1996年、日本に留学。2000年、チューリッヒ大学日本学科と経営学を卒業したのち、経営コンサルティング会社に就職し、主にスイスとイギリスで活動。2006年、プライベートエクイティ会社に転職して、日本および韓国市場を担当。2010年、博士号を取得。2011年より現職。最近の研究は、日本のプライベートエクイティ市場、労働市場と流通制度を対象。
ゲオルグ・ブリント
Georg D. Blind
チューリッヒ大学 東アジア研究所 研究員
スイスのザンクトガレン大学で経済学修士、フランスのHEC経営大学院で経営学修士を取得したのち、2004年、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。その後、2008年からの1年間、京都大学経営管理大学院で日本学術振興会の外国人特別研究員を務め、2010年より現職。2014年、ドイツのホーエンハイム大学で経済学博士号を取得。主な研究テーマは日本の起業活動、労働市場、経済学方法論。最近の論文に
「Decades not lost, but won」
(ステファニア・ロッタンティ・フォン・マンダッハと共著)がある。
琴坂将広(ことさか・まさひろ)
立命館大学経営学部 国際経営学科 准教授
慶應義塾大学環境情報学部卒業。在学時には、小売・ITの領域において3社を起業、4年間にわたり経営に携わる。 大学卒業後、2004年から、マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京およびフランクフルト支社に在籍。北欧、西欧、中東、アジアの9ヵ国において新規事業、経営戦略策定のプロジェクトに関わる。ハイテク、消費財、食品、エネルギー、物流、官公庁など多様な事業領域における国際経営の知見を広め、世界60ヵ国・200都市以上を訪れた。 2008年に同社退職後、オックスフォード大学大学院経営学研究科に進学し、2009年に優等修士号(経営研究)を取得。2013年に博士号(経営学)を取得し、同年に現職。専門は国際化戦略。 著書に『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社)などがある。
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「失われた20年」。バブル崩壊以降、低成長を続ける日本経済は、このようにネガティブに表現されることがほとんどだ。だが、あたかも既成事実のようにこの言葉が先行した結果、評価されるべき事実を見落としている可能性はないのだろうか。スイスのチューリッヒ大学で日本研究を専門とするステファニア・ロッタンティ博士とゲオルグ・ブリント博士は、この時期を日本の「失われなかった20年」と評して我々の意表を突く。本連載では、立命館大学の琴坂准教授との対話を通して、日本の常識を覆す新たな視座が提供される。連載は全4回。(翻訳協力/我妻佑美)
いま、世界は日本経済に注目している
琴坂 最近は、海外で日本経済や日本の経営を研究する研究者が減りつつあります。特に若手の研究者ではそれが顕著ではないでしょうか。そのようななかでなぜ、ロッタンティさんとブリントさんは日本経済や日本のビジネスに関心を持つようになったのでしょうか。
ロッタンティ 1980年代、日本との激しい競争にさらされていたのが、日本に関心を持った最初のきっかけでした。また私自身、遠く離れた異文化の国を探検したいという想いがあり、それが日本への興味と結びついたことも理由の1つです。スイスから見ると日本は東の最果て、遠い異国ですからね。それからは、のめりこむように漢字を勉強しました。日本語の読み書きも学び、気がついてみると、未知のヴェールに包まれていた日本語文献を理解できるようになっていました。
大学卒業後は、日本とは無関係の経営コンサルタント会社に入社しました。しかし、不思議といいますか、驚いたことに、その会社は極めて日本的だったのです。西洋のマネジメント書に叙述されているような、典型的な日本企業の姿と類似していましたね。そこで日本的な経営への関心が再度高まったのを覚えています。
5年後にプライベート・エクイティ・ファンドへ転職してからは、日本語の読み書きができるということもあり、頻繁に日本へ出張する機会に恵まれました。そうしたなか、2010年にチューリッヒ大学に現代日本研究所が設立され、研究者の募集がありましたので応募して、異色ではありましたが、民間企業から大学にカムバックして現在に至ります。
琴坂 ブリントさんも、ロッタンティさんと同じように実務経験がありますよね。私がドイツでコンサルタントをしていたときの同僚でもありますが、日本に興味を持ち始めたきっかけはどういったものなのでしょう。
ブリント 大学時代、私は英語もフランス語もこれ以上教室で学んでも得るものが少ないと思いまして、欧州から遠く、勉強のチャレンジになる日本語を学んでみることにしました。その時の先生が、日本語を楽しく学ばせてくれて、とても素晴らしい先生でした。それが出発点だと思います。
在学中には、大阪ドイツ総領事館でのインターンシップをしました。その時の経験から強く感じたことが2つあります。1つは、日本はとても興味深い国で深く研究する価値があるということです。もう1つは、私の日本語が研究資料から情報を読み取るには満足できるレベルではないということでした。そのためもっとこの国を知りたいという気持ちがありながら、学びきれなかったという思いが残りました。
大学卒業後は、ドイツのマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職して、数年間やりがいのある仕事に従事しましたが、ふたたびアカデミックな世界へ戻ることを決めました。幸いなことに日本政府の給費を受けられたため、京都大学の客員研究員として1年過ごすことができました。これが日本と経済という私の2つの興味が組み合わさるきっかけになりました。
マッキンゼーからオックスフォード大学に進んだ琴坂さんとは、非常によく似たキャリアだと言えますね。マッキンゼーを出た後に博士号を取得して大学に所属している研究者はあまりいませんよね。
琴坂 そうですね、普通とは逆のキャリアパスですよね(笑)。さて、本題に入りましょう。ここからは、日本に対するお二人のお考えを聞かせてください。私がオックスフォード大学に在籍していた当時(2008年〜2013年)、日本企業の経営に関する西洋の関心が大きく低下しているという印象を受けました。この原因についてお二人はどうお考えですか。
ロッタンティ バブルがはじけて、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だった時代と比べると、日本に対する関心が薄れてきたのは確かです。中国の台頭とタイミングが重なったことも、その理由として挙げられると思います。皮肉なことですが、経営学的視点で見ると、日本企業の成功の源とされていた要因が、いまでは失敗の要因と考えられています。企業文化のあり方、年功序列、企業系列などはその代表例ですよね。
ブリント ただ、日本企業に対する関心が薄れても、日本経済そのものに対しては、そこまで顕著な関心の低下は見られなかったと思います。たとえば、デフレ経験など、日本の金融政策はふたたび注目を浴びています。なぜなら、リーマンショックの後遺症によって、西洋諸国も類似の課題に直面し始めているからです。これらの分野では、日本は先駆者的存在になっており、多くの政策当事者や研究者が日本の過去の経験を参照しています。
琴坂 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれるような、まさに日本が光り輝いていた時代と比較すると、日本に対する見方はネガティヴにもなりました。なかでも「失われた20年」という言葉があり、日本経済はもはや成長も変化もしておらず、20年にも及ぶ停滞期間の中にあるという指摘がありますが、その点はいかがでしょうか。
ロッタンティ 「視点」という言葉がキーワードになると考えています。なぜ日本のマネジメント手法が、これほどの短期間で「規範」から「問題ある」モデルへと変容したのか。唯一説明がつくとしたら、それは「失われた20年」という視点が定着したからではないでしょうか。
ブリント 私たちは、そこに疑問を持ち、実際の数字と比較検証する必要性を感じたのです。つまり「失われた20年」という表現が象徴する視点が、現実の数字と本当に合致しているのかどうかを確かめてみたかったのです。
「失われた20年」という評価には疑問が残る
琴坂 なるほど。お二人の日本へ対するユニークな「視点」からみてみると、「失われた20年」も異なる解釈ができるかもしれませんね。そもそも「失われた20年」について疑問を抱いたきっかけを教えてください。
ロッタンティ ブリントさんと私は、ほぼ同時期に、それぞれ独自に「失われた20年」を再考するようになりました。当時、私は日本の雇用システムと雇用ポートフォリオに関する授業を担当していて、正規から非正規雇用へのシフトを、長期的発展を踏まえた数値から裏付けたいと考えていました。しかし、そこで辿りついた結果には正直なところ戸惑いを隠せませんでした。そこで、長期GDP成長率を調べていたブリントさんに、その数値を見てもらうことにしたのです。
ブリント そうでしたね。長期GDP成長率に注目した結果、実はあまり注目されていない事実に気がつきました。それは、過去20年間、欧州の先進国も日本と同様の低成長率を記録しているという事実です。しかし、誰も西洋の先進国の低成長に対して「失われた20年」などと呼んでいませんよね。
琴坂 なるほど。日本の過去20年のGDP成長率が、欧米諸国に比較すればそこまで低くないというのは重要なポイントですね。しかし、ではなぜ「失われた20年」という視点が生まれ、今日に至るまで不安を煽る結果になっているのでしょうか。特に日本に帰国してから、私もなぜ日本人が自国経済にこれほどまでに悲観的なのかは疑問に感じています。
ブリント それは、2つの比較が原因だと考えています。
1つ目は、バブル崩壊以前の日本との比較です。戦後の日本は、荒廃した産業を急速に立て直し、さらに驚異的速度の経済成長でアメリカを初めとする西洋経済圏に追いつきました。その時期と比較すれば、確かに過去20年の経済成長の停滞は著しい成長の継続を予想していた人々にとっては期待はずれだったでしょう。しかし、他国に追いつくまでの経済成長の速度と、追いついた後の経済成長の速度を直接比較するのは適切とは思えません。
2つ目として、これは頻繁に言及されますが、巨大な隣国、つまり中国との比較が挙げられます。しかし、国際貿易構造や一人あたりのGDPを見れば明らかなように、中国は、今現在でも急成長中の新興市場というポジションから抜け出しつつある状況に過ぎません。成熟した現代の日本の経済成長速度との比較が適当とは言えないと考えています。
自国の過去や、隣国で起きている事情と比べるのはごく自然なことかもしれませんが、比較対象はもっと慎重に選ぶ必要があります。そうでなければ、間違った解釈が生まれるリスクがあるのです。
琴坂 では、GDP成長率を比較する対象として、ふさわしい国はどこだと思いますか。
ブリント 日本の場合、特に経済面ではアメリカと比べる傾向が強く見られますが、アメリカは最も不適切な比較対象と言っても過言ではないでしょう。アメリカは極めて自由主義的で、市場志向の強い経済が特徴です。尚且つこの20年間の成長の大部分は移民による人口増加がその要因なのです。
私は、ドイツに目を向けることを勧めます。ドイツは、日本と似た多くの特徴を持つ国と言えるからです。適度な自由主義経済で、近隣国に低コストのアウトソーシングが可能な環境であり、この15年間、移民の動きはあまりありませんでした。さらにこの20年間のドイツの平均GDP成長率は、日本のそれと極めて似ていることは注目すべき点です。
琴坂 なるほど。不適切な比較によって、「失われた20年」という観念が後押しされてきた可能性は確かにありますね。ただ一方で、所得格差の広がりや労働市場が抱える諸問題などのように、日本ではそれ以外にも多くの要因を背景として「失われた20年」が議論されています。
ロッタンティ その通りだと思います。学術文献を読んでも、あるいは日本人の同僚との会話でも、所得格差の広がりや労働市場の問題に関係するキーワードが幾度となく登場します。例えば、「フリーター」「格差社会」「労働の脱標準化」などです。
よく例に挙げられる、就職難で正社員として内定をもらえない大学院生は、まさしく、そうした苦難の体現者でしょう。職を失った正社員が、非正規の仕事しか見つけられないのもそうです。そのような個々の悲劇は枚挙にいとまがなく、深い悲しみすら覚えます。
しかし、ブリントさんが述べたように、私たちが経済学者としての責任を果たすためには、一歩引いた目線を持ち、様々な数字を分析しなければならないと考えています。私たちはそのようなプロセスを経て、議論すべき別のストーリーがあるという結論に至りました。
議論されて当然だと思われるのですが、日本には、これまでほとんど話題にすらならなかった事実があります。先ほどの「視点」の問題がその原因なのかもしれませんが、はっきりとした理由はまだ明言できません。
「失われた20年」に労働市場は拡大していた
琴坂 興味深いですね。数値のような動かしようのない事実で議論を進めるのは、最もパワフルな方法だと思います。具体的には、どのような数値が見つかったのでしょうか。
ブリント 私たちが今回分析した雇用に関する数値をご覧いただき、各自で判断してほしいところではありますが、まずは主要な分析結果を見ていきましょう。
ロッタンティ この図表は、この20年間のいわゆる非正規雇用の増加を示しています。非正規雇用率の増加は、私たちの予想した通りでした。ところが、その絶対数を確認したところ、非正規雇用の総計数が増加しているだけではなく、わずかな増加ではありますが、正規雇用の数も同様に増えていることが判明したのです。
ブリント これには大変驚かされました。日本では1995年以降、15~64歳の人口が縮小し続けているので、就業ポスト数も当然減少していると予想していたからです。ところが、実際には正規雇用の数は減少していません。これは日本企業が正規雇用を「失われた20年」の間に増やし続けてきたということです。
ロッタンティ さらに日本の企業は、この間非正規の社員を大幅に増やしました。約10万人の正規雇用と840万人の非正規雇用が新たに生まれたのです。
琴坂 つまり、非正規雇用の比率が増加しているのは、正規雇用の数が減っているからではなく、非正規の雇用が大量に生まれたからということですね。しかし日本では、業務のアウトソーシングや産業構造改革の進行により、正規雇用が非正規雇用に取って代わられたという理解の方が一般的かと思いますが、その点はいかがでしょうか。
ロッタンティ そういった事例はもちろん存在すると思います。もちろんこの数字は非正規雇用へのシフトを否定するものではありません。事実、いくつかの産業では、正規雇用から非正規雇用へのシフトがより顕著に現れているという研究結果もあります。
ブリント しかし、この数字が示すように、日本経済全体で捉えた場合、正規雇用が非正規雇用に取って代わられたというのは適切ではありません。多くの欧州諸国はこのような結果を喉から手がでるほど欲しいと感じるはずです。欧州の政治家であれば、これを人口減少社会における「驚くべき労働市場の拡大」と謳って大成功例として掲げるはずです。「失われた20年」というレッテルを貼ることなどとても考えられません。
スイスには正社員が存在しない
琴坂 なるほど、おそらく正規雇用から非正規雇用へのシフトというのは一部の産業の議論で、日本経済全体で見れば正規雇用も非正規雇用も共に絶対数で拡大しており、とても「失われた20年」とはいえないという視点ですね。ちなみに、お二人が暮らすスイスではどのような状況ですか。高度に発展した小さな開放経済というイメージがありますが。
ブリント スイス労働法は、イギリスと並んで欧州で最もリベラルな法律です。基本的には、全員が非正社員であり、その契約は特別な条件なしでいつでも終了できます。つまり正社員が存在しません。正社員が存在しないので、正規と非正規の対立も起きようがありませんね(笑)。
ロッタンティ 失業率がわずか3%ですから、そのシステムも悪い解決策とは言えないでしょうね。実際、非正規雇用とはいえ、多くの人がかなり頻繁に職を変えていくような不安定な状況ではありません。
また、スイスと日本の重要な違いは、スイスではすべての雇用において、会社と労働者が社会保険料を分担する義務が生じるということかと思います。日本の場合、非正規雇用に対する会社と労働者の社会保険料の適用は、一定の要件を満たした場合に限られるため負担が低く、それが雇用者が非正規雇用を選ぶインセンティブにもなっているかもしれません。
少なくとも、日本の人々が、世界で何が起こっているのかを客観的に理解するために、海外と正しい比較をすることは助けになると思います。
琴坂 視点を相対数から絶対数へ変えることで新しい発見があるという指摘は、とても興味深いですね。またこうした議論をする際に、他国との比較を取り上げるという方法はとても新鮮でした。お二人の主張は、多くの日本人が抱える不安や懸念とまだ違いがあるように感じます。次回以降、その点を中心に議論したいと思います。
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