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日記 > 2008年04月07日 > この「MONOSEPIA-WIKI」の場合の政治的あるいは思想的な基盤などあるのか・・・

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MONOSEPIA管理人はいくつかサイトを開いていて、そのどれもがお気に入り備忘録のようになっている。特に政治的な発言は極力しないように努めているが、時に腹立たしいことなどあって書かずにいられないことについて、ダラリと発言していたりすることもあるにはある。
政治や思想、反米・反中・反韓、あるいは嫌米・嫌中・嫌韓など私には理解不能な世界のことで、関わるには魑魅魍魎が跋扈する恐ろしい世界としか映らない。イラク戦争に反対したい気持ちはあってもデモには行かない。そこには特定の政治信条を持った人々が何がしかの影響力を持ち、あるいは影響力を行使しようと狙っている。チベットの騒乱を基本的には中国政府による政治的・文化的な弾圧だという認識ではいるが、それもまた反中国の右派が騒ぎ立てる波には乗りたくないという気持ちもあり、どのような思想的・政治的な立場の人間が関わっているのか分からないので、これにも当然に参加しない。
教条的で硬直した左翼には組したくなく、小児眼的な右派右翼にも組したくない。
もっと市民レベル、即ちどのような教条にも組しない、あるいは活動資金をどこからか得ているプロなどと異なる自由な立場の人々となら、協調できるとは思う。
ところが、それは単なる理想主義に他ならないのではないかとう気持ちもあって、私ごときが関わる世界ではないというのが本当のところだろうと思う。
権力闘争はいつの世にもあり、その闘争は常に大衆の力を必要としているから、様々な形で支持を得ようと画策する。そこには私が本当に知りたいことなどは隠されており、本当のことは知らせるべきことではなく、隠されたまま謀を持って私たちを無知のままにしておくことで洗脳あるいは取り込もうとする。
私は基本的に虚無主義だ。
世界が良かったためしはないし、殺戮が絶えたことはない。子供が犠牲にならなかった戦争はなく、軍人以外に人々が殺されなかったためしはない。資金は戦う双方に注ぎ込まれており、武器は双方に手渡される。そうやってゲームをしている一部の支配層から人類は常に暴虐されている。
今より少し世界が良くなって欲しいと願ってみても、そうした願いを世界を支配する一部の人間は意に介するわけもない。争いごとがあってこその富の集中であるからだ。世界の富もあらゆる価値も、どのような技術もどれほどの芸術作品(特に建築)も、彼等に奉仕するために根回しされていて、どう足掻いたところで彼等の企みから私たちのように日々労働することで飯を食わざるを得ない人間が自由になれる日などやって来ない。(エントリーしながらも書き足している・・・)
負け犬と断言するのは悲しすぎるが、私たちが声を挙げたところで「遠吠え」でしかない。私たちの声で世界のどこかで彼等の富が少し失われ弱者に廻されたとしても、彼等は新しい枠組みを私たちの足元に忍ばせ別の枷を結ぶ。
結局、駄目だ・・・。
それでも世界をもっと知ることで、覚悟をすることだけはできる。
駄目なら駄目で、この尊厳を売り渡さないぞいう感じを一時的にであるが抱くことが出来る。
所詮、死はどの人間にもやってくる。彼等が長寿の生命装置・薬剤や人体改造法を手にすることが可能になったとしても、地球ほどの長生きが出来るわけもない。
死こそが、すべての人間に折り合いを付けるに相応しい事象なのだ。
死をもってこそ平等となる。
それで良しとする以外に彼等と対峙する方法を知らない。

ブログ等で小さな戦いを挑む人々が少なからず存在することを知っている。本気で世界を変えたいと願う人々がいることも知っている。正義を為したいという想いに駆られて熱く説く人々がいることも知っている。その人々の戦いを支持するが、私は組しない。
私は「すべてが虚しい」という想いが勝っていて、この日常の悲喜こもごもを生きるしか能がない。
考えることは、冤罪で囚われ檻に入れられたときのことだ。冤罪は誰の身にも降りかかることがあり得る権力によってなされる反吐が出るゲームだ。やっていないことをやっていないという勇気だけは失いたくないと願うばかり。個人の人間性の尊厳だけは守り抜きたいと思う。思うが果たしてそのとき私は首を縦に振らずにいられるだろうか?言ってもいない供述調書へのサインを拒むことが出来るだろうか?家族に会えなくても、仕事を失うことになったとしても、やってもいないことはやっていないという勇気を尊厳を持って貫くことが出来るだろうか?
そうありたい。そうあることが、死こそがすべての人々を受け入れる虚無の持つ本当の力であり、根本であると思うからだ。
誰一人として逃れることが出来ない絶対とは死のみである。
だが・・・肉体を離れた魂の存在は確かなことかも知れない。まさか、肉体を離れた魂の世界もまたこの世と同じ構造を持つなら、それは想像したくない地獄だ。
頼むから私のすべてをニュートリノに変えてくれ。



カテゴリ: [日記] - &trackback() - 2008年04月07日 21:56:36

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最終更新:2008年04月07日 22:06