【北京=矢板明夫】中国がハノイで29日に予定されていた日本との首脳会談を、直前になって拒否するという国際社会の常識から外れた行動に出た背景には、共産党内部で激しさを増してきた権力闘争があるとみられる。10月中旬に習近平国家副主席が中央軍事委員会副主席に就任したことに伴い、軍や保守派勢力など強硬派が台頭し、国際協調路線をとってきた温家宝首相は外交の主導権を失いつつあるといわれる。温首相にはハノイで日本に強硬姿勢を示すことで、保守派の批判を避ける狙いがあったとみられる。

 今年の春以降、韓国の哨戒艦撃沈事件を受け韓国が中国と距離を取り始め米国に急接近し、中国と東南アジア諸国の関係も、南シナ海の領有権問題をめぐり悪化した。9月に尖閣諸島付近で起きた中国漁船衝突事件を発端に、中国と日本との対立も深刻化した。10月には、中国の民主活動家、劉暁波(りゅうぎょうは)氏のノーベル平和賞受賞が決まり、国際社会の中国への批判は強まった。

 一連の外部環境の悪化を受け、中国国内では、欧米や日本に強硬姿勢で対抗することを求める保守派や軍の影響力が、にわかに大きくなった。軍と党長老の支持を受けた習近平氏は10月、ポスト胡錦濤の地位を確実にすると、早速、北朝鮮との関係を重視する姿勢を打ち出し、国際社会との協調に軸足を置き、北朝鮮に圧力を加える外交路線を取ってきた温首相との違いを鮮明にした。

 温首相の対日政策を、「弱腰」と批判する声は高く、10月中旬以降、内陸各地で起きた一連の反日デモは保守派が扇動し容認したとの見方もある。

 中国筋によると、保守派が最も反発しているのは、2008年6月に発表された日中間の東シナ海ガス田に関する共同開発の合意だという。「温首相が主導する対日外交の最大の失敗」との批判もあり、保守派の間では「漁船衝突事件を機に、一気にその合意を白紙に戻す」との動きも出ているという。

 このため、前原誠司外相が日中外相会談で、温首相の最大のアキレス腱(けん)ともいえる東シナ海に触れたことが、中国の態度をにわかに硬化させた可能性が高い。




最終更新:2010年10月30日 21:22