■★ 「建設国債の日銀引き受け」発言は本当にあったのか?安倍自民党総裁vs白川日銀総裁の「金融政策論争」はメディアが仕組んだけんかだ 「現代ビジネス(2012.11.23)」より
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 自民党の安倍晋三総裁が2~3%のインフレ目標設定と大胆な金融緩和を日銀に求めた件で、白川方明日銀総裁が反論した。多くのメディアは「安倍が日銀による建設国債の直接引き受けを求めた」という話を前提に、白川の反論を報じている。だが、そもそも安倍の要求なるもの自体がほとんど誤報である。

 メディアが安倍の話を曲解して報じたあげく、白川に反論させた構図である。言ってみれば、メディアが勝手にでっち上げた空中楼閣のような「論争」なのだ。

 それで得したのは誰かと言えば、日銀と民主党である。なぜなら「日銀の国債引き受けはとんでもない」という認識が広まったうえ、前原誠司経済財政相兼国家戦略相らの安倍批判がもっともらしく聞こえてしまうからだ。

 こういう展開を目の当たりにすると、つくづく世の中を悪くしている原因の1つはメディアであると思う。自分たちのいい加減な報道を棚に上げるだけでなく、デフレを脱却できない主犯である日銀に免罪符を与えている。それどころか、あたかも日銀の言い分が正しいかのように国民を誤解させているのだ。

「建設国債の日銀引き受け」という言葉は出てこない

 まず出発点を確認しよう。いったい安倍はなんと言ったのか。私は現場にいなかったので、報道をベースにすれば次のようだ。

「自民党の安倍晋三総裁は17日、熊本市内で講演し、デフレ脱却について『やるべき公共投資をやって建設国債を日銀に買ってもらうことで強制的にマネーが市場に出ていく』と述べ、政権に復帰した場合、建設国債の全額日銀引き受けを検討する考えを示した」(毎日新聞、11月18日付)

 念のため、もう1つ紹介する。

「安倍総裁は『国民の命を守り、子どもたちの安全を守るため、公共投資などを堂々と行っていく必要がある。やるべき公共投資を行い、そのための建設国債をできれば日銀に全部買ってもらうことで、新しいマネーが強制的に市場に出ていく。景気にもよい影響がある』と述べ、政権に復帰した場合、公共事業の財源に充てるために発行される建設国債を日銀に引き受けさせることを検討する考えを示しました」(NHK、18日5時38分)

 以上の記事で注意すべきは、どちらも「・・・と述べ」以下の部分である。直前のカギカッコの中は安倍の発言を紹介した形だが「・・・と述べ」以下は、記事を書いた記者の解釈だ。実際には、安倍は「建設国債をできれば日銀に全部買ってもらう」と言っただけで「建設国債の日銀引き受け」という言葉は安倍のカギカッコ発言の中には出てこない。

 日銀による国債購入には、金融調節手段として市場から買う「買いオペ」と、市場を通さず日銀から直接購入する「日銀引き受け」がある。市場を通した間接購入か、通さない直接購入の違いと言ってもいい。キーワードは「直接」である。

 この肝心の部分について、多くのメディアは勝手に、安倍の提案は「直接購入=日銀引き受け」と自分たちの解釈を付け加えて報じたのである。

断定しながら、一方で可能性に過ぎないことを認める矛盾

 安倍はどういう趣旨で言ったのか。本人が自分のFacebookに書いている。

「改めて申し上げますが(中略)『建設国債の日銀の買い切りオペによる日銀の買い取りを行うことも検討』と述べている。国債は赤字国債であろうが建設国債であろうが同じ公債であるが、建設国債の範囲内で、基本的には買いオペで(今も市場から日銀の買いオペは行っているが)と述べている。直接買い取りとは言っていない。言っていない事を言っているとした議論は、本来論評に値しない」(11月20日)

 つまり、日銀による買いオペで市場から間接的に買えばいい、という主張だった。

 記者もこの点に気付いていた。毎日新聞は先の記事の後段で次のように書いている。

「安倍氏の発言は、政府から直接、国債を買い取る『直接引き受け』を念頭に置いた可能性もあるが、財政法は原則として日銀による国債の直接引き受けを禁じている」

 どういうことかと言えば、記者は自分で「(安倍が)建設国債の全額日銀引き受けを検討する考えを示した」と断定して書いておきながら、実は一方で、直接引き受けは可能性にすぎないことも認めているのだ。

 これらの報道が流れた結果、どうなったか。安倍が国債の日銀引き受けを求めた、という話が一人歩きを始めてしまった。

「一般論」で強烈に批判してみせた白川総裁

 日銀引き受けという解釈を前提にして、話は第2幕を迎える。20日に日銀で開かれた白川の記者会見で、記者から「安倍総裁発言についてどう思うか」という質問が出た。

 白川は注意深く「発言の詳細を承知していないので、個々の論点について具体的にコメントするのは差し控える」と前置きしつつも、一般論と断りながら「長期国債の買い入れが財政ファイナンスであるという誤解が生じると、長期金利が上昇し、財政再建だけでなく実体経済にも大きな悪影響を与える」と語った。

 ところが、記者から「一般論で結構ですが、日銀の直接引き受けや財政ファイナンスがなぜ問題になるのか」と追い打ちをかけられると、白川は俄然、一歩踏み込む。これまた「あくまで一般論として申し上げたい」と前置きして、こう述べた。

「(直接引き受けは)先進国で行われていないだけでなく、発展途上国でもIMF(国際通貨基金)が中央銀行制度に関する助言を行う際に、行ってはならない項目リストの最上位に掲げるようなもの」

「中央銀行が国債の引き受け、あるいは引き受け類似の行為を行っていくと、通貨の発行に歯止めがきかなくなり、さまざまな問題が生じる」

 白川は最初「安倍発言の詳細を承知していない」と認めながら「一般論」として強烈に批判してみせたのだ。もちろん、自分の批判がメディアに報じられるのは百も承知のうえだ。翌日のメディアは当然のように、白川批判を大々的に報じた。

金融政策の目標は政府が主導して設定するもの

 メディアは大物同士のけんかが大好きだ。次の総理がほぼ確実な自民党総裁と日銀総裁のけんかとなれば、報じないほうがどうかしている。こうして安倍の真意とは関係なく、日銀引き受けがあたかも焦点であるかのように「論争」が報じられる形になった。

 こういう架空の論争は無意味どころか、国民が金融政策について理解を深めるためには有害でさえある。なぜなら本来、金融政策はどうあるべきかという論点を離れて、議論があいまいなってしまうからだ。

 そこで、あるべき姿を書いておこう。

 金融政策の目標は政府が主導して設定し、実現するための達成手段は日銀に任せるというのが世界標準の考え方だ。それは、たとえば米連邦準備制度理事会(FRB)で副議長を務めたアラン・ブラインダー・プリンストン大学教授の教科書『金融政策の理論と実践』(東洋経済新報社、1999年)などにあきらかである。

 現実にインフレ目標政策の採用国では政府、あるいは政府と中央銀行の協議で目標を決める国が多数派である。英国やノルウェーでは政府が決めている。2~3%のインフレ目標という数字も標準的だ。

 そうであれば、安倍がインフレ目標を唱えるのはおかしくないどころか、普通の政策である。そこから一歩踏み込んで、国債買い切りオペの拡大を主張したのも、政府ではなく野党総裁という現在の立場を考えれば、容認できる。

 国民の代理人(すなわち国会議員)を目指す立場の人間が「日銀にどんな政策をとってほしいか」を語ってもおかしくない。「その政策はダメだ」と多数の国民が判断すれば、選挙で落選するだけの話である。

 それにひきかえ、踏み込み過ぎたのは前原である。前原は最近、経済財政相という経済政策を担当する閣僚の立場でありながら「日銀は外債購入すべきだ」と繰り返し表明した。政策手段を日銀に委ねる独立性尊重の観点からは、経済の重要閣僚が具体的な手段に言及するのは慎重であるべきだ。前原は安倍発言を「政治介入だ」と批判した。しかしそれは本来、前原がかみしめる言葉ではないか。

 もう1点。日銀の国債引き受けは財政法で禁じられているから絶対にダメなのか。そんなことはない。実際には毎年、国会の決議の下で日銀が国債を引き受けている。この点は本コラムの同僚執筆者でもある高橋洋一がすでに、あちこちで指摘しているので、そちらに任せよう。

(文中敬称略)


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最終更新:2012年12月03日 22:02