● ベトナムに平和を!市民連合〔Wikipedia〕
1965年(昭和40年)2月7日に開始されたアメリカ軍による北ベトナムへのいわゆる「北爆」で一般市民の死者が増えたことがマスコミで報道されると、反戦運動が始まった。
60年安保で「誰デモ入れる声なき声の会」[1]を組織した哲学者の鶴見俊輔や政治学者の高畠通敏が、「―声なき声の会」を母体に作家の小田実を代表として1965年(昭和40年)4月24日に「ベトナムに平和を!市民文化団体連合」の名で発足させたのが始まりである。同年、久保圭之介に代わり吉川勇一が事務局長になる。
「反米」であるものの、既存政党とは一線を画した無党派の反戦運動であり、基本的に「来る者は拒まず・去る者は追わず」の自由意思による参加が原則で、その「いいかげん」とも評された程の自由な雰囲気により、労働組合や学生団体などの様々な左翼団体のみならず、右翼の玄洋社[2]や学生、社会人、主婦など、職業や社会的地位、保革などの政治的主張を問わず、多くの参加者を呼び寄せる事になった。
その後1966年(昭和41年)10月16日に名称を「ベトナムに平和を!市民連合」に変更し、全国に活動が広がって行ったが、新左翼諸派との活動との関係が強くなりイデオロギー色が濃くなっていった。特に共労党からのメンバーが多く、ベ平連と共労党を兼ねたメンバーにいいだももや吉川勇一、栗原幸夫、武藤一羊、花崎皋平らがいる。のちに日本赤軍の主要メンバーとなる丸岡修や東アジア反日武装戦線のメンバーとなる片岡利明が参加したり、べ平連は左翼学生の「通過点」で、更に過激な組織への足がかりと揶揄されるようになった[3]。1971年以降はとりわけ片岡らに大きな影響を与えることとなる南ベトナムへの進出企業や防衛産業、あるいは公害企業や成田空港建設に対する敵対行動といったベトナム戦争の反対運動からは直接関係の無い事柄に対してシフトしていき、開高健をはじめとしてこれらの左傾化を嫌い運動から離脱していくものが増加した。



◆■ ソビエト連邦の崩壊によって、KGBがベ平連に資金的・物理的援助を与えていたというソ連共産党の機密文書が公開された 「阿修羅♪(2013.8.20)」より
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平和運動、反戦運動、その正体は?

「ベ平連」

「ベトナムに平和を!市民連合(ベトナムにへいわを!しみんれんごう、略称「ベ平連(ベへいれん)」)は、日本における代表的なベトナム戦争反戦平和運動団体。なお「運動団体」といっても規約も会員名簿もなく、何らかの形で平和運動に参加した人や団体を「ベ平連」と呼んだ。」
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「その後1966年(昭和41年)10月16日に名称を「ベトナムに平和を!市民連合」に変更し、全国に活動が広がって行ったが、新左翼諸派との活動との関係が強くなりイデオロギー色が濃くなっていった。特に共労党からのメンバーが多く、ベ平連と共労党を兼ねたメンバーにいいだももや吉川勇一、栗原幸夫、武藤一羊、花崎皋平らがいる。日本赤軍の主要メンバーとなる丸岡修が参加したり、開高健をはじめとしてこれらの左傾化を嫌い運動から離脱していくものが増加した。」

「発足直後の1965年(昭和40年)4月に東京の駐日アメリカ合衆国大使館へのデモ行進を行ったのを始まりに、アメリカ政府や軍、日本政府を断罪する多くのデモを行ったほか、同年11月には作家の開高健の発案でアメリカの有力紙の1つである『ニューヨーク・タイムズ』への全面での「反戦広告」を掲載、1967年(昭和42年)4月には画家の岡本太郎・筆の「殺すな」と大書された文字の下に英文のメッセージをデザインした反戦広告を『ワシントン・ポスト』に掲載するなど、その活動規模も運営資金も既成の「市民運動」の枠を大きく超えたものであった。
アメリカ国内の反戦運動団体とも連帯を形作った。上記の「反戦広告」に対しては、アメリカの読者や反戦運動団体から、新聞に全面広告を出せるほどの膨大な資金を一反戦運動が運営していることへの驚きが持たれたといわれる。」

「小田ら運動の中核となった少数の幹部はアメリカ軍の「良心的脱走兵」の逃走支援も行い、これらの活動はベ平連とは別に「JATEC(Japan Technical Committee to Aid Anti War GIs―反戦脱走米兵援助日本技術委員会)」として運営された・・・

JATECは、正規の出国手続きを踏まない形での国外逃亡の幇助などの、非合法活動も含むあらゆる手段を用いて日本から脱走兵を秘密裏に出国させたものの、その数は数人に留まり、多くの脱走兵はアメリカ軍へ帰還した[3]。なお、1968年(昭和43年)2月15日の「山口逮捕、高橋宅捜査」以降、JATECは方針を変更し、高橋武智をリーダーとして「脱走兵の国内潜行援助」、パンフレット『脱走兵通信』『ジャテック通信』による宣伝活動、そして在日アメリカ軍基地周辺での「反戦GI運動支援」活動を行った。」

★そしてその正体はソ連のフロント組織だった。

「そして1991年(平成3年)のソビエト連邦の崩壊によって、KGBがベ平連に資金的・物理的援助を与えていたというソ連共産党の機密文書が公開された[6]。
公開されたソ連共産党機密文書(英訳版)によれば、ベ平連のKGBとの結び付きは、吉川勇一がKGBの日本における代表者に協力を依頼したことに始まる。当時のユーリ・アンドロポフKGB議長がソ連共産党中央委員会に提出した報告書には小田と吉川が名指しで登場しており、アンドロポフ議長は党中央委員会に、秘密裏にベ平連指導者ら(leaders, leadership)と接触し、反米プロパガンダ活動の拡大と脱走アメリカ兵を助ける為に必要となれば物質的サポートなどをすることを勧告した [7]。 さらにアンドロポフ議長は、この報告書を、KGBはベ平連にソ連に有利な影響を与えるべく、ベ平連指導部との極秘の接触を維持するための非公式手段を準備している、と締めくくった[8]。」

<参考リンク>
+ 続き
■在日韓国人+キリスト教会=反日左翼の拠点
 http://koramu2.blog59.fc2.com/category17-1.html


■反日カルト組織(JOYヒーリング・ディクシャ)に出ていた船瀬俊介氏について掘ってみる・・・・やっぱりEMXゴールド販売
http://www.asyura2.com/13/cult11/msg/631.html


■<国際的スパイ組織>西早稲田の反日中共・北鮮組織と反戦・平和を唱える日本の似非左翼の国際連帯について説明してほしい。
http://www.asyura2.com/13/senkyo152/msg/663.html



井上太郎
‏@kaminoishi
TPP反対の内田聖子のNPO法人PARK。バックの財団法人大竹財団。べ平連の関係で日本消費者連盟と一体。大竹氏は不動産・倉庫業。NPO・NGOに支援としているが資金集めは極めて不透明。アメリカ総会屋のラルフ・ネーダーの来日資金も提供と言われる。市民団体・消費者連盟支援の左翼財団。


■ 602.意見広告――ウィキペディアでのベ平連への意図的歪曲報道。近く室謙二さんから反論の出版。(2011/05/11掲載) 「旧「ベ平連」運動の情報ページ」より
(※ 前略、詳細はブログ記事で)
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ウィキペディアには、ベ平連ならびにジャテックのKGBからソ連党中央への秘密報告書を指摘しながら、小田さんや吉川さんもでてきますが、もっともその記述の解釈に関しては、ベ平連とソ連の関係について書いている産経の記者とか、もとKGBのスパイでアメリカに亡命したレフチェンコとか、あるいはそれらの記事を使って書いたもので、来月岩波から出版される室さんの本の最終章では、Wikiの解釈とはまったく違う結論が書かれるはずです。この出版が期待されています。


■ 天皇とマッカーサーのどちらが偉い? 室謙二さん 「®(2012.11.25)」より
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■少数者のアメリカを選び取る
 父は英語教師。ジャズと野球から民主主義の空気を吸って育ったケンジ少年は、やがてベトナム反戦の活動に関わり、米軍脱走兵の国外逃亡を助ける。そんな経験を通じて、日本からも米国からも独立した、人間の自由な精神のありようを描いた。
 「この本は、日本の中におけるアメリカ体験を書いた本です」
 後に渡米し1998年に米国籍を取得することになるが、米国という国家が好きで行ったわけではない。ビート文学や黒人音楽やアメリカインディアン、様々な「少数者のアメリカ」の伝統に連なることを、自ら選び取ることが重要なのだという。
 「アメリカには、非アメリカ的アメリカを維持する態度があった。非日本的な日本人としてそのまま日本に暮らすよりも、アメリカで暮らす方がずっと楽だったんです」
 出版を祝うパーティーが開かれ、集まった友人たちの中にはベ平連時代の仲間も多いが、「僕にとってはベ平連は過去のこと」と案外そっけない。だがソ連領内を経由させて脱走兵をスウェーデンに逃がしたベ平連が、ソ連共産党から資金援助を受けた「手先」であったとする報道に対しては、米国で公開された旧ソ連公文書を綿密に読み解き、一章を費やしてこれを否定した。
 「旧ソ連政府もアメリカ政府も否定しています。デマを書いている人は、小さな個人の集団が、ソ連のような巨大国家と対等に取引したということが信じられないのでしょう」
 渡米した理由は、実はある女性を追いかけてのことだった。
 「警察はベ平連の任務を帯びて潜入したと分析していたらしい。彼らは、何か裏があるとすぐ思っちゃうんだね」
投稿者 柳原鉄太郎 時刻: 1:03














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最終更新:2014年10月06日 17:19