★■ なぜオバマは続投できたのか?失業率が最悪の激戦地・ネバダ州から人々の歓喜と落胆を実況中継――ジャーナリスト・長野美穂 「ダイヤモンド・オンライン(2012.11.8)」より

「もうロムニーの悪夢を見ない」オバマ続投に湧くサポーターたち
 オバマ続投。それが決まった瞬間、ネバダ州・ラスベガスのホテルの宴会場に集まっていたオバマ陣営のサポーターたちは湧き返った。

 「もう、ロムニーが大統領になる悪夢を見て、夜中にうなされて跳び起きることもなくなるんだ……」

 レズリー・ニューマンはそう言って胸を押さえた。涙が彼女の目尻に溜まっていた。68歳のレズリーはリーマンショック後、持ち家だけは何とか死守したが、老後の蓄えを全て失った。42歳の息子は職を失い、医療保険もない。

 「でも、これからきっと良くなる。ロムニー政権になったらどうなっていたかと思うだけでぞっとする。オバマの医療保険改革で、息子が医療を受けられるようになるんだもの」

 ネバダ州は、リーマンショック以降、全米で最悪の失業率を記録し続けてきた。全米の失業率が8%を少しだけ下回った今も、ネバダの失業率は11.8%とダントツに高い。2年前には14%を突破したこともある。多くの住民が職を失い、家を失い、干上がっている砂漠の州だ。

 別のオバマ支持者、アルシア・クラークは、公立の精神病院で働くサイコセラピストだ。彼女もため息をついて胸をなで下ろしていた。

 「ロムニーが大統領になったら、福祉関連の予算はごっそり削られるから、心配だった。私の患者は自殺寸前の重症の人が多いから、州や国からの予算維持は死活問題なの」

 オバマ勝利と、民主党が上院の過半数を占めたことに喜びを隠しきれず、ダンスのステップを踏んでいたフランク・ディクソン(68)は、ネバダ州の保護観察員の仕事を28年間勤め、リタイヤしたばかりだ。

 「共和党はこれに懲りて、法案成立を阻止するためだけに議会でノーと投票する無意味な抵抗を辞めてほしいね。まだフロリダの選挙結果が出てないのに、オバマが勝ったってことは、フロリダで共和党がどんなに汚い手を使って票を盗もうと、無駄だってことの証明なんだから」


「また共産主義の独裁政治か」明暗分かれたロムニー陣営の落胆

 その30分後、ラスベガスの別のホテルの大ホールでは、ロムニー支持者たちが苦虫を噛みつぶしたような顔で、ロムニーの敗北スピーチを聞いていた。

 オバマ再選に怒りを隠さないのは、娘が軍隊に入隊しているというラリー・クラークだ。

 「イスラエルをないがしろにしているオバマが、イスラム勢に肩入れして、アメリカ市民を危険にさらしている。シリアやリビアなど中東がとんでもないことになっているのに、弱い大統領を選んだこの国をどこが攻撃してくるかわからない」


 あまりの怒りで首の神経が痛むと言うラリーは、ポケットから携帯用の鍼を出して、首のツボに刺した。

 「だいたい、本当にアメリカで生まれたかどうかも怪しい人間が、大統領をやっていること自体おかしいのよ。出生届だってフォトショップでつくったに違いない」と言うのは、ロムニー支持者のアニタ・プロウト。

 ロムニー陣営では、オバマはBOという略語で呼ばれ、「共産主義の独裁政治のBOの4年間が始まるなら、いっそカナダへ移住でもするか」と言うジョークも聞こえた。

 リベラルと保守の激戦地の1つ、ネバダでオバマが勝つまでの軌跡、そしてロムニー陣営が最終週をどう闘ったのかを振り返ってみよう。

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 ど金色のトランプタワーがそびえ、巨大カジノやホテルが並ぶ「ラスベガス・ストリップ」と呼ばれる繁華街を少し離れると、ホームレスが家財道具を詰めたカートを引いて歩く光景が目に付く。高金利のペイデイ・ローンの新しい店が、雨後のタケノコのように道の角に次々と出現し、その隣にはポーカーやギャンブルの店、そして質屋や酒屋が並ぶ。

 そんな中、これまで一度も政治運動をしたことがなかったというミッキー・オー(55)は、初めて家のドアを恐る恐るノックし、ロムニー陣営のボランティアとして、サンダルの底をすり減らしていた。


55歳で貧困層に転落した会計士も 失業率が最悪を続けるネバダの実情

 「オバマには失望した。この国に韓国から移民してきて30年。これまで会計士としてキャリアを順調に積み上げてきたのに、生まれて初めて職を失った。ロムニーなら経済を何とかできる。職を創造する環境にしてくれるはず」

 独身のミッキーは、ラスベガスでも比較的裕福なサマーリン地区に自力で3ベッドルームの家を買い、心地良い生活をエンジョイしていた。だが、13ヵ月前、勤めていた食品会社の「USフードサービス」が会計部門を他州に移し、職を失った。

 「ずっと中流だと思っていた自分が、今では一気に貧困層に転落よ。健康保険も買えない。情けなさと敗北感で胸が張り裂けそう。55歳でもっと稼ぐぞと思っていた矢先に、今ではたとえ時給15ドルでも、誰も私を雇ってくれないんだから」

 12月1日には失業保険の支給が切れる。1日に8~15通のレジメを応募先に送ってきたが、この1年1ヵ月、面接の通知はゼロだ。

 「ロムニーがもし当選しても、翌日、私が仕事にありつけるわけじゃないことくらいわかってる。そこまで楽観的じゃない。でもオバマよりロムニーの方が圧倒的にビジネスの実績がある。そこに賭けるしか、私、もう後がない」

 ライアンがロムニー陣営に副大統領候補として加わったとき、無職のミッキーは15ドルをロムニー陣営に寄付した。ライアンの国家赤字削減案に共感したからだ。

 同じ頃、ラスベガス市内に複数あるオバマ事務所の1つを訪ねてみた。ドアを開けると、数十人のヒスパニック系の高校生たちで溢れかえっていた。1人ずつクリップボードを持ち、市内の住民の氏名、電話番号が載った紙の束を抱えている。

 「おーい、皆! バンのピックアップの時間を間違えないように。自分の担当地域、わかってるな!」

 リーダーの声が響く。駐車場ではミニバンが待機し、高校生たちを乗せてそれぞれの住宅地へと向かう。

 当然だが、18歳以下には選挙権がない。だが、ここラスベガスでは、オバマ陣営の票集めをする主な「ソルジャー」たちは、16歳や17歳のあどけない高校生たちなのだ。サウル・ゴンザレス(16)と従兄弟のマリア・ヘルナンデス(17)もその1人だ。

 黒人やヒスパニック系住民が多い北ラスベガス市の住宅街をあてがわれた2人は、1日70件近いノルマをこなすべく、ドアをノックする。

 「まず民主党員か無党派の人の家に行くように言われてる。共和党員の家に行ってもまず無駄だし」とサウル。彼がオバマを支持する最大の理由は「ヘルスケア」だ。

 「今、僕の家族には健康保険はないけど、オバマのプランで家族が病院に行けるようになるから」


「医療、教育、移民政策に共感」オバマ陣営は高校生の人海戦術も

 さらに将来の大学の学費ローンも、オバマ政権下なら安く抑えられるはずだとサウル。医療と教育。この2点のために「自分ができることは今やらないと」と彼は言う。

 「高校生人海戦術」は、電話ボランティアでも威力を発揮していた。別のオバマ事務所では、高校生4人のグループが、携帯電話で住民に片っ端から電話をかけていた。

 「オバマの名を出すと、突然怒鳴られたりすることもあるんだ。正直ビクビクしちゃうよ」「だいたい、俺たち男が電話かけると怒鳴られるよな。女の子の声の方が得だよ」

 そう言いながら、スタッフからあてがわれた古い携帯電話で1件1件に電話をかけているのは、ヘスースとワンという名の男子高校生だ。

 彼らの隣で圧倒的な票獲得実績を誇るのが、17歳のケンシー・ヘレラ。ホンジュラスから移民してきた両親を持つ彼女は、スペイン語に堪能で、持ち前の明るさもあって、ヒスパニック系の住民たちをオバマに投票するように何人も説得した「凄腕ボランティア」だ。

 男の子たちが冷たく電話を切られるその横で、ケンシーは電話の相手と談笑し、会話をキープしている。

 「私がオバマを支持する理由は、移民政策よ。特に若い違法移民に在留資格を与える案には大賛成」


労働者地区のオバマ事務所と対照的 裕福な住宅地にあったロムニー事務所

 オバマの事務所が労働者が多く住む地区に点在してるのに対し、ネバダ州のロムニー選挙本部は裕福な住宅地のサマーリン地域にある。「イン・アンド・アウト」という人気のハンバーガーチェーン店の真向かいにあるロムニー事務所は、赤と青と白の3色で綺麗にデコレーションされていた。部屋の角には共和党のシンボルであるゾウのぬいぐるみがある。

 受付の前に行くと、「ご用を承りましょうか?」とさっと数人から笑顔で声がかかる。ほとんどが白人スタッフ、白人ボランティアだ。

 「適当に歩き回って写真撮ってっていいですよ」と言うオバマ事務所とは違い、ロムニー事務所では、広報担当が写真のアングルを指定する。「選挙日まであと4日! 電話を徹底的にかけまくろう」という手書きの張り紙とゾウのぬいぐるみを写真に撮ろうとしたら、「それはちょっと」とやんわり止められた。

 電話ボランティアの隣には「ベル」が置いてあり、1票獲得ごとに「チン!」と鳴らしている。ボランティアの多くは中高年だ。軍事産業の会社をリストラされた中年白人女性が電話をする横で、同じく失業中のミシェル・ワーネックが6時間、電話をかけ続けていた。

 「先週は5人の民主党員をロムニー支持者に転向させたの。秘訣は、オバマケアになると、シニア層がどれだけ損するかを説明すること」

 選挙直前にニューヨークやニュージャージーなど東部の州を襲ったハリケーン・サンディ。ニュージャージー州を訪れたオバマは、宿敵だったはずの共和党のクリス・クリスティ知事から大統領としての働きを大絶賛され、一気に好感度を上げた後、大打撃を受けたニューヨーク州には寄らず、ネバダへ飛んできた。

 共和党と民主党の激戦地・ネバダにオバマが来たのは、この選挙戦中10回目だ。北ラスベガス市の黒人が多く住む地域にやってきたオバマは、30分間の短いスピーチを終えて、瞬く間に間に飛び去った。

 マーティン・ルーサー・キング牧師と一緒に黒人公民権運動のために行進した経験を持つ72歳のローズ・ジョーンズ・ウェイドは、オバマのスピーチを聞きに来た。

 「職が争点なのは明らかだけど、自分たちが失業したからって、オバマに怒りをぶつけるのは筋違い。企業が利潤追求のために存在する限り、リストラはなくならないし、それはオバマのせいではない。ブッシュが滅茶苦茶にした国をたった4年で建て直せという方が、もともと無理な注文なんだから」


貧困の実情なんて裕福なロムニーにわからない

 カジノ産業に頼るネバダの失業率が高く、人々の間の不満が高まっているのはどうなのだろう?

 「仕事がないって言うけど、隠れた求人って口コミやオンラインでくまなく探せばあるはずなのよ。私は58歳でリタイヤしたけど、いまだに『働いてくれ』って何ヵ所からもせがまれてるわよ」と言うのは、62歳のビバリー・アン・リッチモンドだ。オバマ支持者で、18歳でホテルの夜勤からスタートし、人事関係のキャリアを積み、家も買った。

 1987年に5万9000ドルで買った家は、その価値が4倍になったこともあったが、今では買い値よりも下がってしまった。それでも40年間、男性と対等に仕事をしてきて、自分の名で土地や家を所有できていることは、何にも代え難い達成感だとビバリーは言う。

 「ロムニーが討論会で『女性の名前で一杯のバインダーを持ってる』という言葉で、いかに女性雇用を促進したかを強調しようとしたのは、女性への侮辱でしかない」とも。

 「貧困とは何か、シングル・マザーの家庭で育つとはどういうことかを、銀のスプーンを口にくわえて生まれてきて、一生裕福な生活を送るロムニーに理解できるわけがない」と8人の子どもを育てたローズは言う。

 オバマがネバダに駆けつけたすぐ後に、ロムニー陣営の副大統領候補であるポール・ライアンも予告なしにラスベガスを訪れた。さらにその後、ロムニーの政策ディレクターである34歳のラニー・チェンもラスベガスにやってきた。

 台湾系アメリカ人の彼は、共和党のブレーンのトップに登りつめた数少ない若きアジア系の1人。ラスベガス市内のアジア系食料品店でロムニー支持者たちを集め、最後の激励をした。

 「アジア系はネバダ人口の11%にもなり、アジア系の投票が勝利のカギを握っている。特に労働組合の勢力が強いこのクラーク郡では、あなたたちの投票が決め手になる」

 アジア系のロムニー支持者の中には、オバマの医療保険改革を鋭く批判する医師がいた。外科医であるレディ・ダンドルは、オバマケアが実施されれば、5年以内にアメリカの医療は世界一の水準から滑り落ち、イギリス並みになるという。

 「無保険の人間をカバーするために、金銭的にもしわ寄せが他の人間にいく。患者ケアにとっても最悪だ。この国で医療費がこれだけ高いのは、医療の訴訟が多いからだが、オバマケアでは、訴訟については何ひとつ言及していない」


この国はチャンスをくれる これからも同じであってほしい

 韓国からの移民ミ・パク(62)は、中絶と同性婚に断固反対であり、「オバマには怒りしか感じない。有色人種初の大統領という点は尊敬するけど、私の息子たちも満足な職をまだ得られていないし」と語る。

 投票日前に、ヘンダーソン地区のショッピング・センターに開設された投票ブースでさっさと投票を済ませていたのが、72歳のディエター・シュワイツだ。製薬会社ファイザーで科学者として働き、高コレステロール血症治療薬の「リピトール」の開発も行なったディエターは、ドイツから1960年代にアメリカに移民してきた。

 ケネディが暗殺されたのを実験室のラジオで聞いたのを、昨日のことのように覚えているという。

 「オバマに投票したよ。ロムニーはビジネス減税でスモール・ビジネスに活気が戻ると言っているけど、そんなことで経済は立て直せない」

 ディエターいわく、レストランが潰れるのも、小売業がうまくいかないのも、不況でお客が来ないのが原因であって、税制の問題ではないという。

 「失業者や失業を恐れる人間が、外食するわけないじゃないか。そんな庶民の懐具合は、富裕層のロムニーには想像できないんだろう」

 ナチ政権下のドイツで育ったというディエターは、「I Voted」のステッカーをみんなが胸に着けて誇らしげに歩いている中で、「とにかく政治的には目立ちたくない」派だ。オバマTシャツを着たり、ステッカーをつけたりは決してしない。だが、こう断言した。

 「この国は移民してきた自分にとって、最高の国だ。惜しみなくチャンスを与えてくれた。だから、これからやって来る人たちにも、同じであってほしいと思って投票した」







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最終更新:2012年11月11日 18:07