スロートレーニングの「筋肉パンパン」効果は、意外と大きかった! 2010年09月01日

 前編では、スロートレーニングがなぜ効率的に筋肉をつけ、生活習慣病予防に効くのか、その理由と実践法を、近畿大学の谷本道哉講師に訊いた。

 そこで今回は、より実践的に筋トレを継続させるコツについて、さらに突っ込んだ内容を語ってもらった。

文/松田尚之
編集/漆原次郎、連結社
写真/佐藤類


スロトレで、「引き締まり」「盛り上がり」を実感!

 ゆったりした動きの印象以上に、実際にやってみるとキツさを実感するスロトレ。楽しみながら継続するには、どのようなことを心掛ければいいでしょうか?

 「レクリエーション性があるスポーツに比べると、筋トレは面白くないですよね。たとえばテニスだったら、すごいスマッシュが決まったとか、試合に勝ったとか、いろんな喜びがある。筋トレにはそれがありませんから。ただ、筋トレには筋トレなりの、長続きのコツがあるんですよ」(谷本道哉講師)

 長続きのコツとは、いったいどんなことでしょう?

 「競技スポーツの選手以外で筋トレを始める人の動機は、たいていダイエットとかシェイプアップだと思います。女性の間で筋トレが注目されるようになったのも、美容への関心からですし。実際、筋トレをきちんと行えば、必ずスタイルは良くなります。変化していく自分の体を見る楽しさは、筋トレならではの継続のモチベーションになるんです」(谷本道哉講師)

 なるほど、たしかに体が引き締まっていく様子が自覚できたら、やる気が湧いてくるというもの。それが結果的に健康づくりにつながるのなら、こんなに素晴らしい一石二鳥はないわけで。でも、本当にそんなにはっきり効果が現れるものなんですか?

 「個人差がありますが、体型に目に見える変化が現れるまで、2か月程度は掛かるでしょう。とはいえ、そこに到るまでにも確実に筋肉はついてますから、ぜひ頑張って続けてください。実はスロトレは、“体が変化していく様子”を、とてもよく実感できる筋トレ方法なんですよ」(谷本道哉講師)


「目に見えて」体が変わっていく!

 一定の強さで筋肉を使うと、個々の筋線維が大きくなる(筋肥大)。反対に筋肉を使わずにいると、筋線維は小さくなる(筋萎縮)。この現象は、例外なくどんな人にも起きる。だから筋トレを継続すると、「目に見えて」体が変わっていく。

 「スロトレをやったら、自分の体を鏡に映してみてください。鍛えた部分について、女性ならボディーラインがきゅっと締まった感じ、男性なら筋肉がちょっと盛り上がった感じが見てとれると思いますよ」(谷本道哉講師)

 スロトレの原理は、筋肉に小さな力学的刺激を与えることで、大きな生理的反応を起こすことにある。ゆっくり持続的に負荷を掛けると、筋肉の中に乳酸などの代謝物質が大量に貯まっていく。細胞膜内外の溶液濃度を均等に保つ浸透圧の働きで、筋細胞には多くの水分が集まる。結果、筋肉に中身が詰まった体感、いわゆる「パンパンに張った」状態が生まれる。実際にスロトレを経験した筆者も、「おお、たしかにトレーニングをした」という不思議な心地良さが得られた。

 もっとも、これはあくまでトレーニング直後の現象で、しばらくすると元の状態に戻る一種のマジックにすぎない。前記したように、本当に体を変えるには一定期間の継続が必要だ。

 とはいえ、筋肉を使うことで自分の体に変化が起きる実感を、その場で味わえる。谷本講師の言葉を借りれば、「なりたい理想の自分の体を、一時的にではあっても目の当たりにしながら取り組める楽しさ」は、たしかにスロトレの長所といえそうだ。


筋トレは毎日しなくても効果十分!

 でも、意志の弱い自分がきちんと続けられるかどうか、やっぱり不安はつきまとう。これまでの失敗を振り返ると、始めて数日間けっこう頑張っても、ちょっと筋肉痛になったりして1日休むと「ああ自分は目標に向かって継続的に頑張れないダメなヤツだ」なんて思いが湧いて、なんだかもうやる気がなくなってしまう。

 読者の中にも「忙しい」とか「ついうっかり忘れて」とかでいつの間にかトレーニングをしなくなった人も多いと思うんですが……。

 「そこは、そんなにストイックに考えなくて大丈夫ですよ。1日ぐらいやらなくても、どうってことない。翌日やれば十分と考えてください。そもそも筋トレは毎日やらなくてもいい、むしろやらないほうがいいと言ってもいいトレーニングなんです」(谷本道哉講師)

 えっ、本当ですか? どういうことなんでしょう?

 「筋肉に負荷を掛け、成長させる過程では、休息期間も必要なんです。スロトレは筋肉痛を引き起こしにくい筋トレですが、毎日やってもそれに比例して効果が上がるわけではありません。週に2、3回、1回10分程度で十分。その代わりというわけではないですが、脂肪分は控えめで、タンパク質をしっかり補給する食事にして、睡眠を十分に取ってください。これできちんと、健康的、筋肉質な体ができていきますから」(谷本道哉講師)


「ながらエクササイズ」のススメ

 そう言っていただくとずいぶん気分が楽になる。他にスロトレを長続きさせる秘訣はありますか?

 「筋トレのいいところとして、“ながらエクササイズ”をしやすいことが挙げられます。スロトレの基本メニューとしてお勧めしているスクワットにしても、ニートゥチェストにしても、テレビを見ながらでもできます」(谷本道哉講師)

ニートゥーチェスト。足を伸ばして1秒間静止。その後ゆっくり3秒掛けてヒザを胸の手前に持ってくる。また3秒掛けてヒザを伸ばす。これを繰り返す。きつい場合は、ヒザを常に曲げたまま動作する。ヒザを常に伸ばしたまま行えば、さらにレベルアップだ。

 なるほど、たしかにスロトレは特別な施設や器具もいらないし、椅子につかまったり座ったり、家庭のリビングで取り組むことができる。とても“ながら”向けの運動といえる。

 「その他にも、たとえば通勤電車の中でつま先立ちを繰り返し、ふくらはぎを鍛えてみるとか、デスクワークのちょっとした休憩中に、椅子に座ったまま足を垂直に上げ下げし腹筋に刺激を与えるとか。工夫次第でいろんな“ながらエクササイズ”が可能になるはず。エスカレーターでなく階段を昇り降りするなど、生活の中で筋肉を使う習慣やマインドが身に付けば、しめたものです」(谷本道哉講師)


意外にある「隙間トレーニング」時間

 ちなみに現在、谷本講師の話に励まされながらスロトレに取り組んでいる筆者の実感からしても、「ながらエクササイズ」の効用は、意外に大きい。「忙しい、忙しい」と言ってはいても、1日の中には意外と筋トレに使える時間があることに気づいたからだ。

 入浴中にストレッチを兼ねて大胸筋や広背筋を鍛えてみる。歯磨き3分の間、下半身の運動をしてみる。その効果は限定的かもしれないが、「短期間で劇的な変化」を求めず少しずつ積み重ねを行うなら、まったく無理やストレスを感じることはない。

 「ファッションモデルがよく言うじゃないですか。『美容のため、体型維持のために特別なことは何もしていない』って。でも、おそらく彼女たちは無意識のうちに、食事も、睡眠も、もちろん運動も、コントロールできているはずなんですよ。筋トレも、そんなふうに自然にできたら、気合いを入れなくても長続きが可能ではないでしょうか」(谷本道哉講師)


迫りくる「ロコモ」時代に向けて

 空手の選手として活躍し、スポーツ科学的な関心から筋トレの研究を始めたという谷本講師。しかしここ数年、「健康」という切り口からこの方法論に関心を持つ人が増えたと実感しているという。最後に、やや大きな視点から読者にメッセージを寄せてくれた。

 「今メタボが話題を集めていますが、数年後には “ロコモ”が大きな社会問題になるのではと危惧しています。

 ロコモ? 聞いたことがあるだろうか。谷本講師によると、ロコモとは「ロコモティブシンドローム」のことで、運動器(筋肉、骨、関節、神経等)の障害で要介護リスクが高い状態に陥ってしまうことをいう。

 「簡単に言うと、自分の体を自分で動かせない、そのため自立して生活できない。そんな人が高齢化社会の進行に伴って、今後爆発的に増えてくる可能性があるんです。ロコモにならないためには、若い頃から運動して体を鍛えることが、とても重要です。そんな観点からも、みなさんにぜひ手軽に取り組める筋トレをお勧めしたいですね」(谷本道哉講師)

 谷本講師のお話を伺い、筋トレが健康にもたらす複合的な効果がよく理解できた。そして何より実際にスロトレを体験することで、「それなりにキツイ」エクササイズを、無理のないペースで長続きさせる考え方も身につきつつある気がしている。

 たった数週間の実践でこのようなことを言うのは気のせいかもしれないのだが、腹筋や背筋に力がついてきて、座り仕事の疲労が軽くなった感覚もあるのだ。夏は残りわずかだけれど、Tシャツで外を堂々と歩ける体に! 打倒体脂肪! 私はこれからパソコンの電源を落とし、いそいそとスロトレに励む予定である。


谷本道哉(たにもと・みちや)
1972年、静岡県生まれ。近畿大学生物理工学部人間工学科講師。専門は筋力トレーニングの科学。大阪大学工学部船舶海洋工学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系修士・博士課程修了。博士(学術)。著書に『スロトレ』(石井直方氏との共著、高橋書店)、『使える筋肉・使えない筋肉』(山海堂)、『トレーニングのホントを知りたい!』(ベースボール・マガジン社)、『筋トレまるわかり大事典』(同)他多数。学生時代は空手選手として活躍。大学卒業後、技術者としてトンネル設備設計業務に携わった経験も持つユニークな研究者。








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最終更新:2011年12月27日 09:40
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