ザガート イソリヴォルタ ザガート VGT | ||
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メーカー | ザガート | |
---|---|---|
英名 | lsoRivolta Zagato Vision Gran Turismo | |
年式 | 2017 | |
エンジン | エンジン形式(知らない場合は抜かしてよい) | |
タイプ | スポーツカー ビジョングランツーリスモ | |
カテゴリー | Gr.X | |
PP(初期値) | XXX | |
総排気量 | 4494cc | |
最高出力 | 567ps/7,000rpm | |
最大トルク | 59.1kgfm/4,500rpm | |
パワーウエイトレシオ | XX.XXkg/PS | |
駆動形式 | FR | |
吸気形式 | NA | |
全長 | XXXXmm | |
全幅 | XXXXmm | |
全高 | XXXXmm | |
車両重量 | 1,150kg | |
重量バランス | XX対XX | |
トランスミッション | 6速 | |
最高速度 | XXXKm/h (フルノーマル/フルチューン時) (知らない場合は抜かしてよい) | |
登場 | グランツーリスモSPORT グランツーリスモ7 | |
備考 | 帰ってきた神獣「グリフォン」 |
概要
ル・マンといった耐久レースに果敢に挑んだ姿をモチーフとし、レースマシンとしての優れたパフォーマンスと、GTカーとしての日常の使い勝手の両立を目指した未来のスポーツカーとしてデザイン。美しいフォルムを纏った姿はザガートのノウハウとセンスの光る一台である。
搭載されるエンジンも「イソ・リヴォルタ」をインスピレーション。心臓部にはキャラウェイ・カーズがチューニングした6.2リッターV8ツインターボを搭載。絞り出される997馬力のパワーによって美しくも他の追随を許さない圧倒的なパフォーマンスを発揮してくれる。
搭載されるエンジンも「イソ・リヴォルタ」をインスピレーション。心臓部にはキャラウェイ・カーズがチューニングした6.2リッターV8ツインターボを搭載。絞り出される997馬力のパワーによって美しくも他の追随を許さない圧倒的なパフォーマンスを発揮してくれる。
とここまで語ったはいいものの、GT SPORTに収録された本車は外観とスペックが発表時のものより異なっている。
外観については発表時につけられていたウイングが何故か装備されていない。なおウイングレス仕様は東京モーターショーにて発表されたものと同一の仕様である。
極めつけには搭載されるエンジンがキャラウェイ・カーズ製6.2リッターV8ツインターボですらなく、詳細不明の4.5L V8エンジン(おまけにNA)が搭載されているという有様。ゲーム内のデータ上における4494ccという排気量から日産・VK45DEではないかと予測する者もいるが、GT7においては「V8-Zagato-VGT」とだけ表記されているため、色々と謎の多いVGTとなってしまっている。
外観については発表時につけられていたウイングが何故か装備されていない。なおウイングレス仕様は東京モーターショーにて発表されたものと同一の仕様である。
極めつけには搭載されるエンジンがキャラウェイ・カーズ製6.2リッターV8ツインターボですらなく、詳細不明の4.5L V8エンジン(おまけにNA)が搭載されているという有様。ゲーム内のデータ上における4494ccという排気量から日産・VK45DEではないかと予測する者もいるが、GT7においては「V8-Zagato-VGT」とだけ表記されているため、色々と謎の多いVGTとなってしまっている。
イソ・リヴォルタとは
ここでは、本車を語る上では外せない「イソ社」と「イソ・リヴォルタ」について解説する。
イソとは、ジェノヴァにおいて創業された企業で、創業当時の社名は「イソサーモス」。元々は冷蔵庫や暖房器具といった家電製品を製造していたが、イタリアの実業家レンツォ・リヴォルタにより買収された。
終戦後にとある企業のスクーターのライセンスを買い取りスクーターのライセンス生産を開始。その後自主開発モデル「イソスクーター」の生産に乗り出すも、年々イタリアのスクーター市場は飽和状態に陥ってしまった。
終戦後にとある企業のスクーターのライセンスを買い取りスクーターのライセンス生産を開始。その後自主開発モデル「イソスクーター」の生産に乗り出すも、年々イタリアのスクーター市場は飽和状態に陥ってしまった。
そのスクーター製造により蓄積したノウハウを元にイソは自社で製造したスクーターのエンジンを使い大量生産できるミニカーの開発、設計を始めることで自動車産業への進出を決意。
こうして生まれたのが誰もがご存知のマイクロカー"イセッタ"である。

こうして生まれたのが誰もがご存知のマイクロカー"イセッタ"である。
小さい車体に愛嬌のあるデザイン、そして何よりメーターやステアリングと共に冷蔵庫の扉のごとく開くフロントドアと革新的な要素を詰め込んだ意欲的な車種だったが、同時期に発売されたフィアット・500人気に押されたことや革新構造によってサイズの割にコストがかさんだ事もあり、イタリアで大ゴケ。その事もあり、イタリア国内ではたったの1000台しか製造されなかった。
これには創業者自身も同時並行していたあるプロジェクトへの集中を望み、イセッタを製造してくれる海外企業へライセンス供与を行うことになった。その過程で生まれたのが初めにライセンス供与を行ったドイツのBMWによる"BMW・イセッタ"である。
イタリアで大失敗に終わったものの、BMWのテコ入れを施したイセッタは敗戦の混乱とスエズ危機によってボロボロだったドイツでは低価格でなおかつ低燃費のイセッタはドイツ国民にとって重宝される存在となり、16万1728台もの台数を製造するというドイツのようにボロボロで倒産寸前のBMWを支え続ける一台となった。
ポップカルチャーでの知名度も高く、その影響でイセッタの設計や開発はBMWであると誤解されることも少なくはない。
これには創業者自身も同時並行していたあるプロジェクトへの集中を望み、イセッタを製造してくれる海外企業へライセンス供与を行うことになった。その過程で生まれたのが初めにライセンス供与を行ったドイツのBMWによる"BMW・イセッタ"である。
イタリアで大失敗に終わったものの、BMWのテコ入れを施したイセッタは敗戦の混乱とスエズ危機によってボロボロだったドイツでは低価格でなおかつ低燃費のイセッタはドイツ国民にとって重宝される存在となり、16万1728台もの台数を製造するというドイツのようにボロボロで倒産寸前のBMWを支え続ける一台となった。
ポップカルチャーでの知名度も高く、その影響でイセッタの設計や開発はBMWであると誤解されることも少なくはない。
一方、イセッタが大失敗に終わったイソは、創業者自身による自らの名前を付けたスポーツカーを作るというプロジェクトを次の目標として設定。フェラーリから250GTOを設計した"ジオット・ビッザリーニ"をエンジニアとして招き入れた他、ベルトーネの黄金時代をもたらし、後にイタルデザインを立ち上げる事になるジョルジェット・ジウジアーロにボディデザインを依頼し開発、設計を開始する。
こうして1960年に完成したスーパーカー、それこそがイソ・リヴォルタ IR 300である。
心臓部にはかのシボレー・コルベットと同じ295馬力を絞り出す327キュービック・インチ(およそ5358cc)のシボレー製のスモールブロックV8を搭載し、パワフルかつ高い信頼性を持った美しいクルマとしてスーパーカー市場においてランボルギーニと肩を並べる存在へと成長する。
市場で成功を収めたイソは、さらなる飛躍を求め、グリフォの名を付けた2台のスーパーカーを開発し始める。

こうして1960年に完成したスーパーカー、それこそがイソ・リヴォルタ IR 300である。
心臓部にはかのシボレー・コルベットと同じ295馬力を絞り出す327キュービック・インチ(およそ5358cc)のシボレー製のスモールブロックV8を搭載し、パワフルかつ高い信頼性を持った美しいクルマとしてスーパーカー市場においてランボルギーニと肩を並べる存在へと成長する。
市場で成功を収めたイソは、さらなる飛躍を求め、グリフォの名を付けた2台のスーパーカーを開発し始める。

コードネームはレーシングカーがA3/C、ロードカーがA3/Lである。このうちレーシングカーのA3/Lはフェラーリより恵まれない予算ながら、250GTOで得たノウハウをつぎ込んだレーシングマシンとして開発され、1965年のル・マン24時間レースにおいて総合9位/プロドライブ5000+クラス優勝を飾る大活躍を遂げた。
この車両の市販化を臨んだビッザリーニだが、これを巡って経営陣と対立しイソと袂を分かつ。イソを離れたビッザリーニは、自身の名を掲げた「ビッザリーニ社」を創業し、本車のロードカーである「ビッザリーニ・ストラーダ」を手掛ける他、さらなるスポーツカー製造も行うことになる。

もう一台、A3/Lは同じくシボレー・コルベットに搭載された327キュービック・インチのシボレー製のスモールブロックV8を搭載したハイパフォーマンスカーとして65年に製造が開始。
リヴォルタ IR 300よりもさらにハイパフォーマンス志向を目指したクルマを目指し、68年には427キュービック・インチ(約6997cc)ものビッグブロックエンジンを載せたモデルの追加を行うといったスーパーカーとしての地位を確かにしていった。
そんなイソだが、1966年にはレンツォ・リヴォルタが死去。後任のピエロ・リヴォルタに会社の命運を託すことになる。
リヴォルタ IRシリーズの後継となるリヴォルタ・レーレ、高級4ドアサルーンのリヴォルタ・フィディアを開発しそれなりの成功を収めたが、クルマの売上が徐々に低下したり、シボレーへのエンジン料金に関する問題で72年にはフォードエンジンへの換装を行うなど経営面で危うい場面を見せていく。
そんな最中、1973年のオイル・ショックによりとどめを刺される形で経営危機に陥り、アメリカの投資グループに買い取られ経営再建を目指したが失敗し倒産。自動車産業からの撤退を決意したのだった。
リヴォルタ IRシリーズの後継となるリヴォルタ・レーレ、高級4ドアサルーンのリヴォルタ・フィディアを開発しそれなりの成功を収めたが、クルマの売上が徐々に低下したり、シボレーへのエンジン料金に関する問題で72年にはフォードエンジンへの換装を行うなど経営面で危うい場面を見せていく。
そんな最中、1973年のオイル・ショックによりとどめを刺される形で経営危機に陥り、アメリカの投資グループに買い取られ経営再建を目指したが失敗し倒産。自動車産業からの撤退を決意したのだった。

しかし、スーパーカーへの夢を諦めきれなかったピエロ・リヴォルタは、1993年にイエローのボディを纏ったスーパーカー「イソ・リヴォルタ 90」を開発、発表。その後も開発を続けるも頓挫。再びイソの名前は消える事となった。
しかし、2017年に発表されたイソ・リヴォルタ ザガート VGTの発表を皮切りに久々に名前が復活、2021年にはシボレー・コルベット Z06(C7型)をベースにA3/Cから着想を得たイソ・リヴォルタGTZとして再びその名を轟かせることになる。
復活したイソ・リヴォルタ、その未来が楽しみである。

復活したイソ・リヴォルタ、その未来が楽しみである。
解説
「イソリヴォルタ ザガート ビジョン グランツーリスモ」は、国際的なスポーツカーレースで戦うためにデザインされたクルマだ。かつて耐久レースで華々しい成果を挙げた伝説のプロトタイプレーサー「イソ・リヴォルタ」にインスピレーションを受けたこのマシンは、ハイテクで武装した21世紀のジェントルマンドライバーがステアリングを握ることを想定している。
「グランツーリスモ」の中に生を受けたバーチャルマシンだが、その開発はリアルマシンと寸分違わないプロセスに基づいている。攻撃的かつ生々しい感覚を、低重心、優雅なフェンダー、スリークかつエレガントなラインで表現。ザガートならではの感性に訴えるコーチワークが、見る者を魅了する見事なプロポーションに宿っている。
少し歴史を振り返ってみよう。1960年代から70年代にかけて、「イソ・リヴォルタ」は、洗練されたクライアントたちの間で世界的に名の通ったマニュファクチャラーだった。イタリアンデザインとアメリカ製のパワートレインを融合させ、美しさと信頼性を兼ね備えたスポーツカーを生み出すというイノベーションが評価されたためだ。同社の生んだスポーツカーやレーシングカーはセブリング12時間やニュルブルクリンク1,000km、ル・マン24時間といった世界的な耐久イベントで活躍した。1970年代にはマルボロとパートナーシップを組んでF1にも参戦。伝説上の動物グリフォンをあしらったマシンは、ジャッキー・イクス、ジィズ・ヴァン・レネップ、アルトゥーロ・メルツァリオといった名ドライバーの手で成功を収めた。
いっぽう、ザガートは98年もの歴史を持つイタリアン・カロッツェリアの名門。これまでに世界中のあらゆる自動車メーカーと手を組み、コーチビルドに携わってきた。その作品の多くはクラフトマンシップあふれる希少な限定車、あるいは驚異的な性能を誇るスポーツカーとして常に注目の的だ。ザガートでデザイン担当副社長を務める原田則彦氏は、「イソリヴォルタ ザガート ビジョン グランツーリスモ」は伝説のマニュファクチャラー「イソ・リヴォルタ」への賛辞であり、同社がなし得たレースカーとしての輝かしい歴史、パフォーマンスへの情熱を称えるものとして作られたと語る。
鷲と獅子の身体を併せ持つ伝説上の動物、グリフォン。そのグリフォンが「グランツーリスモ」の中で、跳ね馬や荒ぶる闘牛をはじめとする強烈なライバルたちに勝負を挑む。その時がついに訪れた。
登場シリーズ
グランツーリスモSPORT
ver.1.06で追加
グランツーリスモ7
ザガートのブランドセントラルでCr.100.000.000で購入可能。
コメント
- ポルトガル語なの? -- (名無しさん) 2024-02-01 19:01:46
- アルファロメオvgtマシンだと思う -- (名無しさん) 2024-02-01 19:02:05
- ドイツがbmw 🇩🇪 ザガートはポルトガル人🇵🇹 -- (名無しさん) 2024-02-01 19:02:34