スピードのロマンとバブルの夢を載せた、美しくも強くて速い、ル・マンの華。

グループCとは何ぞや?
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主に1980年代〜90年代初頭にかけてル・マンなどの耐久レースで活躍したプロトタイプレースカーの事。1970年代のグループ6までのカテゴリーではグループ5の市販車ベースのシルエットフォーミュラと呼ばれるレーシングカーとほぼ速さが同じとなりポルシェの独走状態になってしまったために人気が下火に。そこでFIA(国際自動車連盟)は新たに全体のカテゴリーを見直し、排気量やエンジン形式を一切問わず、かつ70年代のオイルショックの影響を受け燃料制限も設けられたカテゴリーとして設立された。
当初はやはりポルシェが独走状態になるも、これまでと異なり比較的制限の無いため開発もやりやすかったため続々と世界各国のメーカーが参入、また時代もおりしも好景気でそれも追い風となって盛り上がりを見せ、F1と並ぶ人気を得ていた。
様々な色取り取りのスポンサーロゴを纏ったカラーのCカーが競うサーキットの舞台は同時期のF1と比ても負けず劣らずの華やかかつ賑やかな雰囲気に包まれていたのである。
↑求人情報誌のフロムAのスポンサーを纏ったポルシェ962。
↑賃貸住宅ニュースのスポンサーを纏ったローラT92/10。同時期のF1と同じく、多くの日本企業のスポンサーのロゴを纏ったマシンが存在していた、今では懐かしき古き良き時代である。
主に1980年代〜90年代初頭にかけてル・マンなどの耐久レースで活躍したプロトタイプレースカーの事。1970年代のグループ6までのカテゴリーではグループ5の市販車ベースのシルエットフォーミュラと呼ばれるレーシングカーとほぼ速さが同じとなりポルシェの独走状態になってしまったために人気が下火に。そこでFIA(国際自動車連盟)は新たに全体のカテゴリーを見直し、排気量やエンジン形式を一切問わず、かつ70年代のオイルショックの影響を受け燃料制限も設けられたカテゴリーとして設立された。

様々な色取り取りのスポンサーロゴを纏ったカラーのCカーが競うサーキットの舞台は同時期のF1と比ても負けず劣らずの華やかかつ賑やかな雰囲気に包まれていたのである。

レギュレーションの改訂によるコスト高騰とバブル景気の崩壊によりカテゴリーは1992年頃辺りに終焉を迎えたが、それでも人気が高く、活躍する場が無くなってしまったポルシェ962がGTカーとしてル・マンや全日本GT選手権に出場したり、現在のクラシックカーレースではグループCカーのクラスのカテゴリーが用意され様々なオーナーへと放出されたマシンが出場を見せ人気を得ている。アイルトン・セナが活躍した頃のF1と同じく、バブル期のモータースポーツを象徴するカテゴリーでもあろう。
↑1994年の全日本GT選手権(現在のスーパーGT)に出場していたポルシェ962。近藤真彦氏に初優勝を与えたマシンでもある。

一覧表 ※並びは年代順
グランツーリスモではGT3に787Bが初めて入ったグループCのマシンとして登場。GT4ではさらに収録数を増やした。
1988年

- 主なグループC関連の出来事 (ル・マン24時間レースでジャガーがポルシェを破り総合優勝を果たす。)
- ポルシェ 962 C '88
- ジャガー XJR-9 '88
1989年
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- 主なグループC関連の出来事 (ル・マンでメルセデスが総合優勝を果たす。ユーノディエール分割前最後のル・マンで最高速度400Kmを記録している。)
- トヨタ ミノルタトヨタ 88C-V レースカー '89
- 日産 R89C レースカー '89
- メルセデス・ベンツ ザウバー メルセデス C9 '89
1991年

- 主なグループC関連の出来事 (ル・マンでマツダが日本メーカー初の総合優勝/WSPCがスポーツカー世界選手権 (SWC) と改称、レギュレーションが改訂されエンジンが当時のF1と同じ排気量3,500 ccの自然吸気エンジンのみとなった。)
- マツダ 787B '91
1992年
- 主なグループCカテゴリーの出来事 (日産がR92CPでデイトナ24時間を制覇する/ル・マンではプジョーが総合優勝を果たす/SWCがこの年限りで終了、日本のグループCレースJSPCもこの年限りで終了。)
- 日産 R92CP '92
- プジョー 905 レースカー '92