米大統領選におけるドナルド・トランプの劇的な勝利は、どのようにして実現したのか?
2020年の大統領選に敗れた後も「負けなかった」と訴え、人々の「怒り」を引き出し、「恐怖」をも利用するトランプは、どのようにして
ジョー・バイデンと
カマラ・ハリスに「復讐(ふくしゅう)」を果たしたのか? 日経ビジネス人文庫『国家の危機』(ボブ・ウッドワード、ロバート・コスタ著/伏見威蕃訳)から抜粋・再構成してお届けする。
※ボブ・ウッドワードの新刊『 WAR(ウォー) 3つの戦争 』(伏見威蕃訳)を
2025年初めに刊行予定。
ウクライナ、中東、アメリカ大統領選という「3つの戦争」の舞台裏を徹底取材した1冊。
国家の危機(日経ビジネス人文庫)
価格:1,320円(税込)
著者名:ボブ・ウッドワード 著、ロバート・コスタ 著、伏見 威蕃 訳
アメリカ史上最大のカムバック
「劇的すぎるのが、あなたの問題です」
夏の終わりごろに、いまでは日常茶飯事になっている延々とつづく電話で、リンゼー・グラム(共和党上院議員)はトランプにいった。
「変動(ボラティリティ)が激しすぎる。やろうと思えば、バイデンよりも簡単にご自分の問題を解決できるのに。選挙が操作された、不正があったといいつづけていますね。あなたは接戦で負けたんです。大統領の仕事に失敗したんですよ」
トランプが、不意に電話を切った。
1日ほどたってから、トランプはグラムに電話をかけた。
「いいですか、あなたを責めはしません」グラムはいった。「私だって電話を切ったでしょう!」
荒療治だったが、私はあなたの味方で、永遠に友人だと、グラムはトランプにいい聞かせた。調子を取り戻させようとした。だが、トランプが売り込みや手法を再調整して復帰したら、なにが起きるかはだれにもわからない。
支持者は私の個性が大好きなのだといって、トランプは反論した。私が変わったら「支持基盤を失う」。彼らは私が戦い、破壊的になるのを期待している。それが組み込まれている。これは失敗ではない。選挙が盗まれたのだ。
2021年6月22日火曜日の夜、トランプとグラムはまた電話で長話をした。
グラムは、トランプの注意をバイデンに向けさせようとしていった。バイデンの政策はひどいもので、共和党に突破口をもたらしている。
だが、トランプは選挙運動中にバイデンの特徴を明確にするのに失敗し、逆にバイデンによって特徴づけられてしまった。いまバイデンは、ふたたび自分を特徴づけている。
「あなたはだれよりも上手にバイデンの罪状を追及できます」グラムはいった。「しかし、それをやるのと負けたことに苦情をいうのを、同時にやることはできません。
メディアはあなたの味方ではない。あなたが2020年の選挙について演説で述べたさりげないひとことを、彼らは取りあげるでしょう。そうなったら、バイデンが国を間違った方向へ推し進めているとあなたが力説しても、それは帳消しになる」
「2022年に私たちが勢いを盛り返して、下院を奪回し、上院を取り戻せば、あなたは大きな功績を認められるでしょう。2022年に下院と上院を取り戻すのに失敗したら、トランプ主義は滅びるでしょうね。1月6日があなたの死亡記事になります。2022年に勝てなかったら、私たちは終わりですよ」
下院では、共和党が
民主党との差をわずか5議席にまで縮めていた(*1)。しかし、下院共和党院内総務ケビン・マッカーシーは、始末に負えない状況に対処していた。派閥が多すぎる。2003年に上院に移る前に、グラムは8年間、下院議員をつとめていたので、それをよく知っていた。「共和党研究委員会がある。穏健派がいる。下院はバラバラに分裂している」
米国民は国境管理の強化を望んでいる
移民に対する強硬姿勢がなかったら、トランプは2016年に共和党の大統領指名を受けられなかっただろうと、グラムは確信していた。アメリカ国民は、国境管理の強化を望んでいた。トランプにはそれがよくわかっていた。その問題が共和党に役立つようにして、共和党のポール・ライアン派やミッチ・マコネル派に共鳴しない有権者を勝ち取った。移民になるための法的手順の簡便化と移民の増大を望んだバイデンは、中米からの最近の移民の殺到について、すでに共和党の猛攻撃にさらされている。
経済と政府の支出に関して国民は、なにもかもがいつでも無料というのはありえないと本能的に理解していると、グラムは確信していた。現在、国民は働かないことを奨励されているようなものだった。
インフレは中流層の敵だ。
「無秩序な国境に加え」グラムは自分の見解を要約した。「犯罪の波や、ガソリンと食品の価格の上昇は、2022年の共和党圧勝をもたらします」
「そんな大勝になるのか?」トランプがきいた。
「なります」グラムはいった。
しかし、そこでまたトランプは、選挙で不正があったとくりかえした。「そうとも、ジョージア州を勝ち取ったんだ」トランプはいった。
「いいえ」グラムはいった。「私はそう理解していません。その話は理解できません」
「有権者名簿から10万人がはずされたんだぞ」トランプはいった。
「大統領」グラムはいった。「お言葉ですが、だからといってあなたがジョージア州で勝ったとはいえません」
ジョージア州の住民6万7000人が有権者名簿からはずされたのは移転通知が出ていたからだったし、3万4000人が消去されたのは自宅に送付した投票用紙が宛先不明で返ってきたからだった。
「あなたがジョージア州かアリゾナ州を勝ち取るような出来事はありませんでした。以上。ほかの州でも、あなたが勝ち取れるようなことは起きていません。選挙についてあなたが主張しているようなことは、筋道が立っていません」グラムはいった。
些細(ささい)な投票の問題はあったが、それだけだった。どの州でも結果が覆るようなことはなにもなかった。自分とスタッフが調査したことを、グラムはトランプにあらためて説明した。
「ジョージア州で18歳未満6万人が投票したという事実はなく、アリゾナ州で重罪犯8000人が
刑務所から投票したという事実はありません。事実ではなかったのです」
トランプはいいつのった。不正にやられた。
「あなたが復帰できる見込みがあるということに、賛成ですね」グラムは、攻め口を変えた。
「ああ」
「それに集中しましょう、大統領。アメリカ史上もっとも偉大なカムバックが可能です。1月6日のせいで、あなたはもうだめだといわれています。あなたのリーダーシップのもとで共和党が崩壊したというのが、共通の見方です。あなたが党のリーダーとして2022年に私たちを勝利に導き、
ホワイトハウスを奪い返したら、アメリカ史上最大のカムバックになります」
「国全体の空気を知っているとはいいません」グラムはいった。「しかし、サウスカロライナ州の主な共和党支持者の空気を私はよく知っています。トランプを堅固に支持しています」
しかし、それは永久につづくとは限らない。
「大統領、あなたは受けた被害が大きすぎて、二度と勝てないのではないかと思っている人々の集団が増えています。しかも、それはかなりトランプを支持している層です。あなたは変われることを彼らに示さなければなりません」
「優秀な大統領」として記憶されたい
トランプは、トランプ本を書く著者をつぎつぎとマール・ア・ラーゴでもてなし、インタビューに応じた。何度も応じることもあった。
「彼らは私についてひどい本を書くだろう」トランプはいった。
「ああ、きっとそうでしょう」グラムは相槌(あいづち)を打った。
「しかし、本のたった1行でも、そんなにひどくないのがあるかもしれないと思った」
「賛成です」グラムはいった。「それはそうでしょう」
「私はだれとでも話をする」
ウーバーの運転手を除き、だれが相手でもトランプはドアを開けてきたと、グラムは思った。
「とにかく、私の側のいい分をいえる」トランプはいった。インタビューが大好きなようだった。
「いい仕事をしたとあなたが思っていなかったら、あなたがいい仕事をしたと思う人間はどこにもいないでしょうね」グラムはいった。
「いい仕事をしたと思っている」
「理由をいうといい。大統領としての仕事を弁護すればいい。大統領としての実績を守るのは当然でしょう?」
「そうだな」
「では、弁護しましょう。あなたの大統領としての仕事を、楽しませてもらいました。へとへとに疲れました。最後の3年間は、髪が白くなったほどですよ」
トランプはメディアを扱うのに半分くらい成功したが、あとの半分は「彼自身が最悪の敵だった」とグラムは結論を下した。トランプを相手にするのは、太陽に近づくようなものだ。火傷(やけど)しかねない。グラムのような共和党員にとって問題は、“溶けてしまわないようにどれだけ太陽に近づきたいか”ということだった。
「彼は回復可能だと思う。彼には魔法があるし、暗い裏面がある。それを私は何度となくいってきた。彼の成功願望と、成功したと見られたい願望に、私は望みをつないでいる。彼は優秀な大統領として記憶されたいと思っている」
自分のことを優秀な大統領だと思うとトランプがいったときに、グラムはこういった。「そのとおりです。しかし、あなたは負けた」
「不正をやられたからだ」
1月6日の事件
しかし、カムバックを可能にするには、
2021年1月6日の事件(米議会議事堂襲撃事件)を払いのけてトランプが身を清めることが不可欠だと、グラムは考えていた。
「1月6日は
アメリカの歴史上、おぞましい日だった。1968年の再現だった。毎朝目が醒(さ)めるたびに、いったいなにが起きそうかと考える。つぎはなにが起きるのだろう? ロバート・ケネディが殺された。キング牧師が殺された。街路では暴動が起きていた。民主党大会は完全な大混乱だった。そのあと、私たちは立て直した。今回も立て直す」
グラムはトランプに、議事堂の暴徒の行動を弁解するのをやめてほしいと頼んだ。
だが、トランプはやめようとしなかった。
「彼らは平和な人々だった。すばらしい人々だった」7月11日のFOXニュースのインタビューで、トランプはいった(*2)。
「愛。愛が漂っていた。ああいうものは一度も見たことがなかった。行進した人々は銃を持っていなかった。それに正直いって、ドアは開いていたし、警官はたいがい、そう、銃を持っていた――合計数百時間分の録画がある。その録画を公開し、ほんとうになにがあったかを見せるべきだ」
しかし、暴動の最中に警官100人以上が負傷していた。
グラムが聞きたくなかった発言だった。夏までに連邦検察官は暴動の参加者500人以上を起訴した(*3)。
トランプは2020年の大統領選挙では投票不正を訴え、米議会議事堂襲撃事件の原因もつくった(写真:Orhan Çam/stock.adobe.com)
トランプは2020年の大統領選挙では投票不正を訴え、米議会議事堂襲撃事件の原因もつくった(写真:Orhan Çam/stock.adobe.com)
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トランプの復讐
「どんな調子ですか、ボス?」
7月初旬、ブラッド・パースケールが電話でトランプにきいた。
トランプの選挙対策本部長だったが、タルサの大規模集会が失敗に終わったあと、側近から追い出されたパースケールは、また仲間に戻されていた。トランプは補佐官を重用しては退け、また重用するということをしばしばやる。
「出馬するんでしょう?」
「考えているところだ」トランプはいった。落ち着かない口調だった。いらだたしげだった。出馬する方向に傾いていた。
「かなり真剣に、出馬を考えている」
「ああ、それを聞きたかったんです」パースケールがいった。
「私たちはこれをつづけなければならない、ブラッド」バイデンは
認知症にかかっているのだろうかと、思っていることをトランプは口にした。
「耄碌(もうろく)してるのさ」トランプはバイデンのことを、吐き捨てるようにいった。
「バイデンは大量の票を握っている。トランプのための票を。それをトランプは取り戻したいんだ」その後、パースケールは周囲にいった。
「トランプは前のように戦っていないことに、ちょっとプレッシャーを感じていて、どうやって戻ろうかと頭をひねっている。トランプはそれをカムバックだとは見なしていないと思う。復讐だと見なしている」
情報機関の重大な失態
ポトマック川の向かいのクオーターズ6の2階では、ホワイトハウスや世界中と接続されている秘密保全措置を施したビデオ会議用スクリーンが何台もある、最高の秘密区分に属する機密情報隔離施設(SCIF)で、マーク・ミリー統合参謀本部議長(当時)が1月6日の暴動の意味を突き止めようとしていた。
「1月6日は、リスクが高い日だった」ミリーは先任の参謀にいった。
「私も、
FBI(米連邦捜査局)その他も含めて、私が知っている限りではだれも、数千人の人々が議事堂を襲撃することなど想像もしていなかった。議事堂を包囲し、複数の方角から同時に襲撃して、ああいうことをやるのは、そもそもふつうでは考えられない事態だ。1月6日は非常に過激だった。考えてみれば、内戦の手前といえるくらい過激だった」
警戒を促す情報がいくつもあったというのが、
ワシントンDCで定着した一般的な見方だった。しかし、
インターネットでのおしゃべりが一貫性を欠き、大惨事を避けられるような特定の信頼できる情報が得られないことを、ミリーは知っていた。
そうはいっても、9・11テロや
真珠湾攻撃の前兆を見逃したことと比較されるような、アメリカの情報機関の重大な失態だった。アメリカのシステムに大きな欠落と弱点があることが暴露された。
自分たちはなにを見逃していたのか? なにを理解していなかったのか?
つねに歴史家のミリーは、ほとんど忘れられている1905年の
ロシアでの革命を思い浮かべた。その蜂起は失敗に終わったが、ソ連建国につながった1917年の革命が成功する舞台を用意した。1917年の革命の指導者ウラジーミル・レーニンはのちに1905年の革命のことを、“偉大な舞台稽古”と呼んだ。
1月6日は舞台稽古なのか?
ミリーは先任参謀にいった。「きみたちが目撃したものは、将来のもっとひどいなにかの前触れかもしれない」
歴史はゆっくりと進むが、しばしばなんの前兆もなしに突然暴走し、とめられなくなることを、ミリーは知っていた。アメリカはトランプの終焉(しゅうえん)を目撃しているのか、それともこれは未来になってふりかえらないとわからない、トランプのつぎの段階のはじまりなのか。
人々の怒りを引き出す
トランプは活動を休止していなかった。2021年夏、全米で選挙運動のような大会をひらいていた。6月26日のオハイオ州ウェリントンの集会では、出席者1万人以上が、トランプの帽子をかぶり、“アメリカを救え”と書いたプラカードをふっていた。
「私たちは負けなかった。私たちは負けなかった。私たちは負けなかった」
トランプは群衆に告げた(*4)。
「あと4年! あと4年! あと4年!」群衆が大声をあげた。
「私たちは選挙に2度勝った!」トランプはいった。最近は、バイデンを打ち負かしたという主張を、そう表現していた。群衆が大歓声をあげた。
「3度目も勝てる」
集会開始の90分後、トランプはまた群衆を叱咤(しった)した(*5)。これはお別れ会ではない。
「私たちは服従しない」
トランプは、チャーチル風の演説の抑揚を取り入れていた。それは戦時の演説だった。
「私たちは屈服しない。私たちは降伏しない。私たちは絶対に折れない。絶対にあきらめない。絶対に後退しない。絶対に、断じて降伏しない。私の仲間のアメリカ国民たちよ、私たちの運動は、まだ終わっていない。それどころか、私たちの戦いはいまはじまったばかりだ」
力を見せつけるのがトランプの望みなのだろうか? とミリーは思った。それとも絶対的な力を握るのが望みなのか?
5年前の2016年3月31日、トランプが共和党の大統領候補に当選する直前に、まだ完成していなかったワシントンDCのペンシルベニア・アベニューのトランプ・インターナショナル・ホテルで、私たちははじめて共同でインタビューを行った(*6)。その日、トランプがずばぬけた政治勢力であることを、私たちは認識した。さまざまな面で、アメリカ国民が思い描いていた台本から生まれた勢力だった。アウトサイダー。反エスタブリッシュメント。ビジネスマン。建設者。大言壮語。自信満々。早口でしゃべる喧嘩(けんか)っ早い男。
だが、暗い裏面もあった。狭量になることがある。残酷。アメリカの歴史に興味がなく、選挙で選ばれた指導者が長年、指針としてきた政府の伝統をないがしろにした。力を行使したくてうずうずしている。自分のやり方を押し通すために、恐怖を利用するのにやぶさかでない。
「真の力とは――この言葉は使いたくないんだが――恐怖だ」トランプは私たちにいった。
「私は人々の怒り(レイジ)を引き出す。怒りを引き出すんだ。つねにそうだった。それが長所なのか、不都合なことなのかはわからないが、なんであろうと、私はそうする」
トランプがふたたび目的を達成することはありうるのか? トランプと彼の支持者たちが、彼を権力の座に戻すのに、なんらかの限度があるのだろうか?
危機は残っている。
(後編 「米大統領選 トランプは攻撃されるほど支持基盤が強固になる」 に続く)
米大統領選におけるドナルド・トランプの勝利は、3年前から予想されていた。トランプの
世論調査担当は共和党支持層に強固なトランプ派がいることを見いだし、「レーガンよりずっといい数字だ」と指摘していた。なぜ2020年の選挙では敗れたのか? 2020年に敗れた後、トランプが新しい選挙戦略を練る姿を日経ビジネス人文庫『国家の危機』(ボブ・ウッドワード、ロバート・コスタ著/伏見威蕃訳)から抜粋・再構成してお届けする。
※ボブ・ウッドワードの新刊『 WAR(ウォー) 3つの戦争 』(伏見威蕃訳)を2025年初めに刊行予定。ウクライナ、中東、アメリカ大統領選という「3つの戦争」の舞台裏を徹底取材した1冊。
前編 「米大統領選 トランプの『復讐』はこうして実現した」
国家の危機(日経ビジネス人文庫)
価格:1,320円(税込)
発行日:2024年06月06日
著者名:ボブ・ウッドワード 著、ロバート・コスタ 著、伏見 威蕃 訳
共和党を「
労働者の党」にしたトランプ
「私の支持率はほんとうにそんなにいいのか?」
2021年6月16日、ニュージャージー州ベッドミンスターのゴルフ場でひらいた政治会議で、トランプは長年世論調査担当をつとめているジョン・マクラフリンにきいた。
「はい」マクラフリンはうなずき、自分の会社が5月21日に共和党予備選挙の有権者に対して行った世論調査に関するプリントアウトを指さした(*1)。
73%が、2024年にトランプが再出馬することを望んでいた。しかも、トランプが戦いに加われば予備選挙で支持すると、82%が答えていた。
マクラフリンが、つぎのページに移った。共和党予備選挙の有権者への質問だった。
“2024年の共和党大統領予備選挙を予想し、以下の候補者でいま選挙が行われるとしたら、だれに投票しますか?”
競争相手のなかでトランプがずば抜けていて、ほかの12人以上をしのぎ、57%を得ていた。2位の
マイク・ペンスはわずか10%だった。人気が急上昇しているフロリダ州知事ロン・デサンティスが、8%で3位だった。
「こういう数字を、これまで見たことがあるか?」トランプはきいた。
「いいえ」マクラフリンはいった。「この数字、あなたの数字は、レーガンよりもずっといいです。多くの面で、あなたはレーガンよりもずっと保守的な大統領でした」マクラフリンはいった。
「移民と貿易でずっと強硬で、中絶反対で、ほかにもさまざまなことで強硬でした。レーガンはつねに、民主党員の支持を得たり、労働者階級の有権者を惹きつけたりしようと努力していましたが、あなたはほんとうに共和党をアメリカの男女労働者の党に変革しました」
それは1回限りの会議ではなかった。大統領を辞任したあとは規模こそかなり縮小したが、トランプはずっと活発な政治活動をつづけていた。
そのほかの数件の政治世論調査も、共和党員のトランプ支持が根強いことを示していたが、かなり不利な数字も出ていた。4月に実施された全米の登録有権者を対象としたNBCニュースと≪ウォール・ストリート・ジャーナル≫の共同世論調査では、トランプ支持32%、不支持55%で、対してバイデンは支持50%、不支持36%だった。
「あなたが攻撃されればされるほど、支持基盤は強固になります」マクラフリンはトランプにいった。「増大します。あなたへの支持がどこかへ行ってしまうことはありません」
マクラフリンは数週間前からトランプに、バイデンの支持は1980年の選挙以降のジミー・カーターとおなじように、いずれ落ちこむといいつづけていた。カーター政権は
イランのアメリカ大使館の人質危機にのみ込まれて、ロナルド・レーガンが勝った。
「振り子は戻ってきます、大統領」マクラフリンはいった。「辛抱しましょう。じっと待ち、なにが起きるか見届けましょう。バイデンを選んで損をしたという有権者が出てきます。
これはあなたの
ワクチンです。国を経済が復活する寸前の状態にしたのはあなたです。バイデンにその功績を奪うことはできません」
庶民と肌で結び付く
ケリーアン・コンウェイは、いまもトランプの側近のひとりだった。
「私のケリーアン、私のケリーアン」夏のゴルフを終えたあと、トランプはさかんに彼女に電話をかけはじめた。
昨年にホワイトハウスを去ったあと、コンウェイは2020年の選挙には公式に参加しなかった。2016年にトランプの選挙対策本部長だったときから5年が過ぎているいま、トランプの敗北とは一定の距離を置いていた。
「私のケリーアンと呼ぶのは結構ですけど」コンウェイはいった。「でも、そうではないように見なしてもらいたいんです」
コンウェイはもうトランプに雇われてはいないし、トランプの巨大な資金集めの組織を選挙後の生計として当てにしている補佐官たちに疑いの目を向けていた。
「私はそういう人間ではないにせよ、一個の人間で、あなたと親しいけど、14億ドルの再選挙運動資金から10セントどころか1セントももらっていません」
わかった。納得して、トランプはいった。
「あなたに知っておいてもらいたいことが、8つか10あります。基本に立ち返りましょう。そもそも2016年に勝てたのはどうしてですか? 庶民と肌で結び付いていたからです。庶民は忘れ去られています。あなたは彼らを引きあげました。経済、文化、心情の面で、彼らはほんとうに利益を得ました。あなたが大統領だったとき、経済は上向き、社会的移動性が増しました。ですから、あなたが負けたことでもっとも傷ついたのは彼らです」
「もっとも傷ついたのは、彼らが炭鉱労働者、鉄鋼労働者、
エネルギー産業の労働者だったからです。彼らは中所得者層です。子供はひとりではなく、3人か4人います。その人たちはいま、経済的移動性で後退しつつあります」
「不満をいうのはやめましょう。もう選挙に固執するのはやめましょう。ほんとうの心配事を論じましょう。2016年にあなたを応援した郊外の女性たちの支持を取り戻しましょう。ジョージア州ではなく中国について怒りの声をあげましょう」
「労働者の党」となった共和党の支持者は、3年前からトランプの復活をずっと期待していた(写真:Melinda Nagy/stock.adobe.com)
「労働者の党」となった共和党の支持者は、3年前からトランプの復活をずっと期待していた(写真:Melinda Nagy/stock.adobe.com)
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トランプは助言に礼をいい、2016年の選挙が懐かしいといった。最後のほうではごく少数の補佐官とともに自家用機で集会から集会へと飛びまわった。それを取り戻し、アウトサイダーになりたいと、トランプはいった。2020年の選挙は大企業的だった。
「それじゃ、きみはすべてを指揮したいんだね、ハニー? 次回に」トランプはいった。
コンウェイは笑い、約束はしなかった。
「いいですか、2度目にアメリカ合衆国大統領になれたけど、あなたは2度とも勝ち目が薄かったのですよ(注:アメリカ合衆国改革党から出馬しようとしたことを含めている)。でも、今回のあなたにはハングリー精神と気炎万丈の態度がありませんでした。今回は資源が豊富で、スタッフもおおぜいいた。アーリントンは」トランプが選挙対策本部を置いたところだ。「ブルックリンになったんです」2016年にヒラリーがそこに選挙対策本部を置いた。
「どういう意味だ?」トランプがきいた。
「2020年のトランプは、2016年のヒラリーに似ていました。お金、時間、エゴがありすぎたんです」
その後、友人や献金者とともにコースに出たときに、トランプはゴルフ仲間に、バイデンを嘲(あざけ)るために自家用機のボーイング757を使うことを考えているといった。2022年の
中間選挙に先駆けて、影のエアフォース・ワンが、国中を飛びまわる。
「アメリカ国民は飛行機が好きだ」トランプはいった。「赤と白とブルーに塗り替えようかと思っている。エアフォース・ワンみたいに。エアフォース・ワンはこうあるべきだというように」
「それが私の銘柄(ブランド)だ。ビジネスジェット機みたいなものは使わない。CEOみたいにちっぽけなガルフストリームに乗って現れるようなことはやらない」
【注】
1 “National Survey Results General Election Likely Voters Political Environment, Trends & Analysis,” McLaughlin & Associates, May 2021, mclaughlinonline.com.
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最終更新:2024年12月30日 15:09