アットウィキロゴ
グランツーリスモWiki
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

グランツーリスモWiki

アウディ R8 レースカー '01

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

アウディ R8 レースカー '01
Image Credit : kudosprime
メーカー アウディ
英名 Audi R8 Race Car '01
年式 2001
エンジン エンジン形式(知らない場合は抜かしてよい)
タイプ レーシングカー
PP(初期値) 679
総排気量 3,596cc
最高出力 795PS/7,200rpm
最大トルク 92.9kgfm/6,500rpm
パワーウエイトレシオ 1.132kg/PS
駆動形式 MR
吸気形式 TB
全長 4,650mm
全幅 2,000mm
全高 1,080mm
車両重量 900kg
重量バランス 49対51
トランスミッション 6速
ダート走行 不可能
登場 グランツーリスモ4
グランツーリスモ(PSP)
グランツーリスモ5
グランツーリスモ6
備考 2000年代前半最強を誇ったル・マンの覇者

概要

2001年シーズンから2005年シーズンまでのル・マン24時間耐久レースに投入されていたR8 レースカーは、アウディがLMP900規定に沿って開発したプロトタイプレーシングカー。ヨースト・レーシングが開発協力・チーム運営を担ってプロジェクトが進められていた。
1998年にアウディはル・マンへの参戦計画を発表し、マシン開発を開始。1999年に、オープンプロトのR8R(LMPクラス)と、クローズドプロトのR8C(LMGTPクラス)がアメリカン・ルマン・シリーズとル・マンに投入させ、この内、ル・マンではR8Rが総合3位と4位に入る成績を残し、初挑戦にして手ごたえを掴んだ。(なお、R8Cの2台は2台ともリタイヤ)
そして、2000年からはオープンプロトのR8Rを熟成させた形でこのR8が制作される事となった。

R8の特筆される点は、リアに搭載されるパワートレインおよびサスペンションがモジュール構造となっており、リアセクションのパーツをすべて一体化したモジュール構造で設計することにより、万が一深刻な、そして複数のトラブルに同時に見舞われたとしても、準備しておいた予備のモジュールと交換すれば、リタイアの危険をはらむ致命的な部品の半分近くが新品に置き換えれるというシステムであり、アウディがかつてラリー参戦で磨いた経験を生かした設計となっており、無論、修理にかかる時間も大幅に短縮できる利点もあった。
流石にこれは詐欺だと他チームからの苦情が入り、ミッションケースの交換は不可というレギュレーションが追加されたが、それでも「サスペンションアーム一式」など、壊れやすい部分は一括で交換ができるシステムというのは現代ルマンにおいても常識となっている。
特にR18で見せた「クラッシュで左前のサスペンションアームが破損してしまうが、ピットにたどり着いたらわずか10分で修理完了し、コースに戻した」というアウディ・ゾンビ化事件は、このR8から生まれた知見の結果といえる。

入念に行われた事前のテスト参戦をしていたこともあって大きなトラブルを起こすことはほとんどなく、クラッシュが原因でピットに戻ったとしても、モジュール構造を活かして迅速にレースに復帰できる「リタイアしにくい特性」を存分に発揮。初参戦の2000年のル・マンでな1-2-3フィニッシュ、翌2001年に1-2フィニッシュ、2002年に1-2-3フィニッシュ、アウディが手を引きプライベーターの手に委ねられた2003年はトラブルの影響もあり、3-4フィニッシュに留まったものの、2004年には再び1-2-3フィニッシュを達成している。なお、2004年のル・マン総合優勝は日本チームであるチーム郷が達成している。

また、2001年ル・マンで3位、2003年ル・マンで1−2フィニッシュを達成したベントレー Speed 8は本車との設計・部品の共通化を図っている兄弟車であり、事実上、2000年代前半はこのアウディR8がル・マンの頂点を極めた最強のマシンだったと言えよう。


解説

アウディR8は、2000年、2001年、2002年、2004年、2005年のル・マン24時間レースで優勝を果たした。驚異的なスピード、卓越した信頼性、そして直噴FSIガソリンエンジンによる低燃費を誇るR8は、LMPクラスの最高峰であった。その成功は1999年のル・マンで始まった。当時、アウディはオープンコックピットのLMPクラスR8Rを2台、クローズドコックピットのLMGTPクラスR8Cを1台投入した。

カーボンコンポジット製のモノコックボディとターボチャージャー付きV型8気筒エンジンを組み合わせたR8Rは、まさに傑作だった。レースを通してトップ10圏内を維持し、総合3位と4位でフィニッシュした。

翌年、アウディのR8RはR8となった。3台のR8がル・マン24時間レースに参戦。R8はレース開始から圧倒的な強さを見せた。フランク・ビエラ、トム・クリステンセン、エマヌエーレ・ピロがドライブする8号車が優勝し、他の2台が2位と3位を獲得して表彰台を独占した。ビエラ、クリステンセン、ピロのチームは2001年と2002年にもR8で優勝を果たし、ル・マン24時間レース史上初の同一チームによる3連覇を達成した。

2002年末、アウディはル・マン24時間レースのワークス参戦から撤退し、R8の運用をプライベートチームに委託した。2004年にはチーム・郷が総合優勝を果たし、2005年にはチャンピオン・レーシングのR8が勝利を収めた。

登場シリーズ

グランツーリスモ4

Cr.450,000,000で購入。または耐久レース:サルトサーキット24時間 Iのプレゼントカーとして入手。

グランツーリスモ(PSP)

Cr.350,000,000で購入。

グランツーリスモ5

中古車ディーラーでCr.425,000,000で購入。

グランツーリスモ6

Cr.192,500,000で購入。

コメント

  • GT4のエル・キャピタンだったか忘れたけど、一部のサーキットだと何故か遅く走ってた覚えがある -- (名無しさん) 2026-09-02 03:08:56
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー