| ロータス エラン S2 '90 | ||
| メーカー | ロータス | |
|---|---|---|
| 英名 | Louts Elan S2 '90 | |
| 年式 | 1990 | |
| エンジン | 4XE1 | |
| タイプ | ロードカー | |
| カテゴリー | Gr.なんちゃらかNなんちゃらか--- | |
| PP(初期値) | XXX | |
| 総排気量 | 1,588cc | |
| 最高出力 | 133PS/7,200rpm | |
| 最大トルク | 14.5kgm/4,200rpm | |
| パワーウェイトレシオ | XX.XXkg/PS | |
| 駆動形式 | FF | |
| 吸気形式 | NA | |
| 全長 | 3,803mm | |
| 全幅 | 1,734mm | |
| 全高 | 1,230mm | |
| 車両重量 | 997kg | |
| 重量バランス | XX対XX | |
| トランスミッション | 5速 | |
| ダート走行 | 可能か不可能のいずれか | |
| 登場 | グランツーリスモ2 | |
| 備考 | ロータス初の前輪駆動車 | |
概要
1990年から1995年まで生産及び販売されていた2代目のエラン。
構想は初代エランが生産を終了した翌年の1976年から始まっており、当時提携関係にあったトヨタ自動車のエンジンを前提とした「M90」というプロジェクトで具体化されている。(余談だが、このⅯ90は後のMR2の原型となったとも言われている)
構想は初代エランが生産を終了した翌年の1976年から始まっており、当時提携関係にあったトヨタ自動車のエンジンを前提とした「M90」というプロジェクトで具体化されている。(余談だが、このⅯ90は後のMR2の原型となったとも言われている)
当初は前輪駆動のコンポーネントを流用したミッドシップ方式での後輪駆動も検討されており、エンジンコンペが実施された頃には前輪駆動で固定もされていた。これは開発コストの圧縮もさることながら、自動車メーカー各社からの委託研究業務も重要な収入源としているロータスが前輪駆動の技術レベルを示す必要があったため、とも言われている。
しかし財務上の問題からこのプロジェクトは一時的に中断される。その後は、裏で
カローラレビン(AE92型)
やスプリンタートレノなどに搭載されていた4A-GEエンジンを搭載したプロトタイプである「X100」が開発された。
この頃になると前輪駆動の優位性が世界的に認知されだしており、ロータスも前輪駆動に大きな可能性を見出していた。
転機となったのは1986年にGM(ゼネラル・モータース)に買収されたところからで、、開発に当たってはGMグループ及び提携各社のコンポーネンツを用いることが要求される。そこで採用されたパワーユニットは、なんとトラックでお馴染みのいすゞ製であった(*1)。
この頃になると前輪駆動の優位性が世界的に認知されだしており、ロータスも前輪駆動に大きな可能性を見出していた。
転機となったのは1986年にGM(ゼネラル・モータース)に買収されたところからで、、開発に当たってはGMグループ及び提携各社のコンポーネンツを用いることが要求される。そこで採用されたパワーユニットは、なんとトラックでお馴染みのいすゞ製であった(*1)。
駆動方式は先述した件もあり、ロータスの市販車としては初となる前輪駆動を採用し、これまで培ってきた足まわりの技術を投入。
新開発の「インタラクティブ・サスペンション」により、LSDが搭載されていないにもかかわらずFFとは思えない程の優れたトラクションと応答性を実現。
これに加え、GM傘下となったことでGMの量産車の社内基準を満たす強度・耐久実験も敢行し、先代で足りなかった信頼性も獲得した。
新開発の「インタラクティブ・サスペンション」により、LSDが搭載されていないにもかかわらずFFとは思えない程の優れたトラクションと応答性を実現。
これに加え、GM傘下となったことでGMの量産車の社内基準を満たす強度・耐久実験も敢行し、先代で足りなかった信頼性も獲得した。
以上のことから高い信頼性とロータスに恥じないライトウェイトスポーツとしてデビューした2代目エラン(Ⅿ100)であったが、その販売実績は芳しくはなかった。
保守的なスポーツカーファンからは「スポーツカー、しかもロータスでFFとかw」という否定的な反応に加え、拘りまくった結果、開発費が嵩んでしまい車両価格はライバルであり初代エランを範としていたマツダ・ロードスターの約5割高。しかも主要市場であったアメリカが湾岸戦争等の要因から景気が後退していた事もあり、発売当初からセールスは低調。1992年までに3,885台が生産されたところで、3,600万ポンドの累積損失とともに一旦生産は終了し、商業的には失敗に終わってしまった。
保守的なスポーツカーファンからは「スポーツカー、しかもロータスでFFとかw」という否定的な反応に加え、拘りまくった結果、開発費が嵩んでしまい車両価格はライバルであり初代エランを範としていたマツダ・ロードスターの約5割高。しかも主要市場であったアメリカが湾岸戦争等の要因から景気が後退していた事もあり、発売当初からセールスは低調。1992年までに3,885台が生産されたところで、3,600万ポンドの累積損失とともに一旦生産は終了し、商業的には失敗に終わってしまった。
しかし、一スポーツカーとして見れば、当時のFFと別次元の乗り味を実現し、ロータスのエンジニアリングチームをして「おそらくロータス史上最速のクルマだ」というコメントを残すほどで、今日でも前輪駆動スポーツ車のハンドリングにおける規範のひとつとなるほどの悲運の名車なのである。

なお、その後2010年に3代目エランのコンセプトモデルが発表されており、レイアウトはMRで"モデルチェンジ毎に駆動方式が変わる"という珍しい車種と言える。
2013年に発売予定であったが、ラインアップの拡大、高級志向を目指した当時の経営陣の失脚により計画は頓挫。残念ながらエランの復活は叶わなかった。
グランツーリスモシリーズに収録されたのはS2。現状GT2を最後に収録されていない。
解説
1989年、ロータスは伝説の名車エランを復活させた。新型M100は、スチール製バックボーンシャシーに軽量で流麗なグラスファイバー製ボディを被せるという先代モデルの特徴を忠実に受け継いでいたが、技術的な洗練度においては新たな境地を切り開いた。M100はロータス初の、そして唯一のFF車であり、多くの人々の目には史上最高のハンドリング性能を誇るFF車と映った。
その鍵は、革新的な「インタラクティブ・ウィッシュボーン」フロントサスペンションにあった。このサスペンションは騒音を抑えつつ、優れたステアリングフィールと驚異的なグリップ力を実現した。リアには独立懸架式サスペンションを採用。パワーステアリング、大型の10インチディスクブレーキ、そしてスムーズなシフトチェンジが可能な5速マニュアルトランスミッションが、ドライバーに自信に満ちたドライビングフィールを与えた。
エンジンは、いすゞがSEグレード向けに供給した1.6リッター4気筒16バルブエンジンで、自然吸気仕様とターボ仕様が用意されていた。自然吸気仕様では、このエンジンはエランに130馬力のパワーとかなりスポーティな走りを提供したが、ターボなしモデルに興味を示す人はほとんどいなかった。ターボを搭載すると、パワーは驚異的な165馬力に向上し、0-100km/h加速は6.5秒、最高速度は225Km/hに達した。
エランS1の生産はわずか3年で終了し、その後800台の限定生産モデルであるエランS2が登場した。これにより、1995年に生産が終了するまでに、路上を走ったエランの総数は4,500台強となった。
登場シリーズ
グランツーリスモ2
Cr.4,458,000で購入。