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1970年代F1の世界とは?

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1970年代のF1とは?

70年代のF1。DFVエンジンとヒューランド製変速機の普及により、新興コンストラクターが「キットカー」と呼ばれるパッケージマシンを製作して続々と参戦。比較的参戦ハードルが低かった時代とも言えよう。
F1製造者協会(FOCA)会長バーニー・エクレストンの拡大路線により、F1は名実共に世界規模のモータースポーツイベントへ成長するのである。
ドライバーも国際色豊かになり、世界各地を転戦しながら実力伯仲の戦いを繰り広げており、日本でも1976年、77年の2年間に富士スピードウェイにてF1グランプリが開催された。

グランド・エフェクトなどの新技術の登場

70年代は新たな技術が次々と生まれた時代でもある。その中でも欠かせないがグランド・エフェクトと呼ばれる技術だ。
車体の真横にスカートを付け、車体底辺を真空状態にし路面に吸い付くようにした技術で、これまでにない異次元のコーナリングが可能に。
77年にロータスが初めてもたらしたこの技術は他チームも真似しようとし試行錯誤を重ねていく中、付いていけない新興チームは淘汰されていったり、付いていってグランド・エフェクトを先鋭化させるチームに二分していった。
そしてもう一つがターボだ。1977年にルノーチームが新たな技術としてターボを導入。より高パワーを得られたものの、初期は信頼性が低くトラブルが相次ぎ「イエローティーポット」と揶揄される事態となった。
それでも改良を続けていき1979年に初優勝。以後ターボも今後のF1に無くてはならない技術と化していった。

1970年代のF1マシンの一覧

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