プジョー 206 ラリーカー '99 | ||
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メーカー | プジョー | |
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英名 | Peugeot 206 Rallycar '99 | |
年式 | 1999 | |
エンジン | XU9J4 | |
タイプ | レーシングカー | |
PP(初期値) | 482 | |
総排気量 | 1,998cc | |
最高出力 | 304PS/5,250rpm | |
最大トルク | 54.6kgfm/3,600rpm | |
パワーウエイトレシオ | 4.03kg/PS | |
駆動形式 | 4WD | |
吸気形式 | TB | |
全長 | 4,005mm | |
全幅 | 1,770mm | |
全高 | 1,300mm | |
車両重量 | 1,230kg | |
重量バランス | 50対50 | |
トランスミッション | 5速 | |
ダート走行 | 可能 | |
登場 | グランツーリスモ2 グランツーリスモ3:A-Spec グランツーリスモ4 グランツーリスモ(PSP) グランツーリスモ5 グランツーリスモ6 | |
備考 | プジョーのラリーでの栄光復活と欧州勢の逆襲を告げたWRカー |
概要

それまで306で下位クラスに参戦していたが、1998年に登場した206をベースにWRカー規定として参戦。プジョーにとっては205ターボ16で参戦していた1986年以来、13年ぶりのWRCのトップカテゴリーへの復帰となった。
販促上の事情とはいえ、スペースと高速安定性に不安のあるBセグメント車の206に2.0Lターボエンジンと競技用の四輪駆動システムを押し込むのは様々な技術上での困難がつきまとったが、2000年から2002年にかけてマニュファクチャラー部門を3連覇し、2000年と2002年にはドライバー/ナビゲーター部門でもトップに輝き、プジョーのラリーでの栄光を取り戻すきっかけともなったと同時に、日本車勢が支配していたWRCのトップカテゴリーに欧州勢が復権し、再び群雄割拠の時代となっていく事になる。
GTSPORT以降に登場しているプジョー RCZ Gr.B Rally Carのリバリーは本車両がモチーフになっている。
解説
1998年、プジョーは実に12年ぶりにWRCへの本格復帰を発表した。そのために開発されたマシンが206WRCである。WRカーには全長4m以上という規定があり、市販モデルの206はそれを満たしていなかった。プジョーは206S16をベースにバンパーを延長して4m以上とした206 GTというモデルを2500台生産することで、ホモロゲーションを取得、この規定をクリアした。
エクステリアこそノーマルの206の面影を感じさせるこのマシンだが、中身は当然別物といえる成り立ちを持っている。ボディの一部はノーマルのものを共用している部分もあるが、非常に強力な補強が施されることで、剛性の高いボディとされているのだ。ボディパネルもフロント及びリアのフェンダーがワイドなものに変更され、全幅は1770mmまで拡大されている。
206 WRCに搭載されるパワーユニットは、ノーマルよりも低い位置に下げられたXU9J4という型式の2L直列4気筒ターボ。その公称パワーは304PSである。しかしこのマシン最大の特徴はギアボックスにあった。206のエンジンルームはターボと4WDシステムを押し込むには小さすぎる。そこで206 WRCは、横置きエンジンの背後に縦置きギアボックスを組み合わせたのである。このトランスミッションは、シーケンシャルタイプへと変更されている。足回りは市販モデルとは異なり、フロント/リアともにマクファーソンストラットを採用している。
難産の末に生まれた206 WRCだったが、その甲斐あって優れたパフォーマンスを示した。ホイールベースが短いため敏捷で、小さなコースでも素直な特性を示した。縦置きギアボックスは重量配分上も有利だったのである。
99年の第6戦、ツール・ド・コルスでデビューした206 WRCは、デビュー戦にもかかわらず、トラブルでリタイアするまで一時期トップを走った。その後さらに改良が加えられて、第12戦のサンレモでは2位に入賞している。翌2000年にフル参戦が始まると、プジョーは第5戦のカタルニアで進化版E2を投入。このマシンは期待に応え、第8戦スウェディッシュで、マーカス・グロンホルムがついに初優勝を果たした。
勢いに乗った206 WRC E2はライバル車を圧倒、シリーズ後半7戦で5勝を記録する。その結果、グロンホルムがドライバーズタイトル、プジョーがマニュファクチャラーズタイトルを獲得。206 WRCはフル参戦1年目で、早くもチャンピオンカーとなったのである。