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三菱 スタリオン 4WD ラリーカー '84

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三菱 スタリオン 4WD ラリーカー '84
Image Credit : kudosprime.com
メーカー 三菱
英名 Mitsubishi Starion 4WD Rallycar '84
年式 1984
エンジン エンジン形式(知らない場合は抜かしてよい)
タイプ ラリーカー
クーペ
カテゴリー Gr.B
PP(初期値) XXXX
総排気量 2,400cc
最高出力 360~377PS/7,000rpm
最大トルク 35~41kgfm/5,000rpm
パワーウエイトレシオ XX.XXkg/PS
駆動形式 4WD
吸気形式 TB
全長 4,400mm
全幅 1,695mm
全高 1,320mm
車両重量 1,250kg
重量バランス 60対40
トランスミッション 5速
最高速度 XXXKm/h (フルノーマル/フルチューン時) (知らない場合は抜かしてよい)
登場 グランツーリスモ4
グランツーリスモ(PSP)
グランツーリスモ5
グランツーリスモ6
備考 グループB規格のマシンとして参戦するはずだったが、
幻となってしまったスタリオン。

概要

三菱がグループB規格のラリーカーとしてスタリオンをベースに制作したのがスタリオン 4WD ラリーカー。1983年11月の東京モーターショーにてプロトタイプが発表された。アウディが開発したスポーツクワトロの影響もあり、三菱としては初めての4WDのラリーカーとなった。

市販車では角目2灯式のリトラクタブルヘッドライトを採用していたが、このモデルではフロント周りの形状が変更され、丸目4灯式の固定式ヘッドライトとされた。バンパーには大型の丸型フォグランプが2灯装備される。

1984年8月のエクスペリメンタルクラス(実験・試作車のクラス)が設けられていたミルピスト・ラリー(フランス)にて実戦テストも兼ねて参戦。サスペンショントラブルが出てしまったものの、なんとか走りきりクラス優勝という成績を残した。次にRACラリーに、総合順位に含まれないプロトタイプクラスに参戦。これらのテストを重ねて、マシンの熟成を進めた。
翌年の85年にもマレーシアラリーのSクラスで参戦。まだ国際自動車スポーツ連盟(FISA。現在の国際自動車連盟)のホモロゲーションを得ていなかったため、このクラスで参戦したが、結果はエンジンのオーバーヒートによりリタイアに終わった。

様々な実戦テストを重ねて開発が進められていたのだが、86年にグループBにて相次ぐ死亡事故や重傷事故が巻き起こり、FISAはこの年限りでグループBの廃止を決定。新しい車両の受付も出来なくなったため、三菱はこのスタリオン4WDによるWRC参戦計画を中止せざるを得なくなってしまった。

そんなスタリオン4WDは、グループB廃止の決定がされた4ヶ月後に行われた香港〜北京ラリーに参戦した。このラリーではFISAのホモロゲーションが無い車両でも総合優勝が狙えるラリーであったのだ。このラリーに2台のスタリオン4WDを参戦させ、世界的には無名だった中国人ドライバーのルー・ニンジュンの想像外の奮闘ぶりの走りでアウディ・クワトロに次ぐ総合2位を獲得した。

結果的にこのラリーの参戦を持ってスタリオン4WDは役目を終えるが、後の三菱のラリーカーの開発の礎となった一台となったのである。

三菱 スタリオンについて
+ ...
三菱 スタリオンは1982年にデビューした三菱のスポーツクーペであり、同社のギャラン(3代目)とはプラットフォームを共通する兄弟のような間柄。
車名の由来はスター(星)とアリオン(ギリシャ神話の英雄ヘラクレスの愛馬の名)の名を組み合わせた造語であり、キャッチコピーもそれにちなんだ「ヘラクレスの愛馬、アリオンが今、星になって帰ってきた」となっている。

1980年代初頭、日本メーカーは海外進出に力を入れており、三菱も更なる販売台数増加を狙って、北米市場進出に向けてアメリカ人好みの車を積極的に投入、その代表となる存在がスタリオンであった。
ポルシェの「924・ターボ」をベンチマークとし、従来のスペシャルティカー以上の走りと、スポーツカー以上の快適性を重視した、いわばニッチマーケットを目指したモデルだった。
北米市場では当時資本提携を締結していたクライスラーダッジプリマスからは「コンクエスト」の名で販売されていた。
先述の経緯から、日本車ながら海外の方が販売台数が出ており、総生産台数は日本・海外合わせて11万台だが、うち国内には1万3000台のみで、日本国内においてはかなりマイナーな車にあたる。

メディア作品においては1984年に公開された映画「キャノンボール2」での活躍が有名で、リチャード・キールとジャッキー・チェンが搭乗。ボンドカーさながらのハイテクマシンとなって活躍をみせている。またジャッキー自身もかつて白のスタリオンを愛車にしていた。

グランツーリスモではラリーカーのみで、こちらは現状未収録だが、下記のツイートより取材を受けたという投稿があった。
このツイートから既に7年は経過しているが、今後収録に期待できるかもしれない。気長に待っておこう。

解説

ギャランをベースとした三菱のスペシャリティクーペ、スタリオンはモータースポーツの分野でも活躍した。もっとも有名なのは1985年から始まった全日本ツーリングカー選手権だろう。スタリオンはこのレースで88年までに3勝を残している。いっぽうラリーの世界でもスタリオンは隠れた功績を残した。80年代前半のWRCではアウディの持ち込んだクワトロ、つまりフルタイム4WDが猛威を奮っていた。それまでランサーEX2000ターボでWRCを闘っていた三菱も4WDの威力を痛感し、ひそかに4WDマシン作りに着手する。その素材となったのがスタリオンなのである。三菱は200台という生産義務のあるグループB規定に則って「スタリオン4WDラリー」というスーパーマシンを生み出そうとしたのだ。このスタリオン4WDラリーはフロントに積まれた2L直4SOHCターボを2.4Lまで拡大し、360psという大パワーを生み出した。パワートレインはもちろんフルタイム4WDでビスカスカップリングをセンターデフとする本格的なものだった。ところが84年秋にデビューを予定していたこのマシンは開発が難航し、グループBの公認取得に間に合わなかった。やむなくスタリオン4WDラリーはフランスラリー選手権のミル・ピストラリーと、WRC最終戦となるRACの第3レグにのみ、試験的に出走したのである。デビュー戦となったミル・ピストでスタリオンはクラス優勝を果たし、翌85年の本格参戦に期待が高まった。ところが三菱はさまざまな事情から、翌年のWRC参戦を断念してしまうのである。結局、スタリオン4WDラリーは一度もWRCを走らない、幻のグループBマシンとなったのだ。

登場シリーズ

グランツーリスモ4

ラリー・グランドキャニオン(ハード)のプレゼントカーとして入手可能。
夜間のロケーションではロービームのみの点灯状態で、ハイビームとフォグは消灯したまま、ポジションランプすら点灯していない。

グランツーリスモ(PSP)

Cr.100,000,000で購入。

グランツーリスモ5

Cr.175,000,000で購入。

グランツーリスモ6

Cr.140,000,000で購入。

コメント

  • このスタリオン、今も残ってるかな -- (名無しさん) 2024-11-09 16:17:28
  • キメラ EVO37みたいなレストモッドされたスタリオン 4WDラリー作られないかな -- (名無しさん) 2024-11-10 15:08:40
  • 何気にノーマルスタリオンがGTに今までいなかったのが以外 -- (名無しさん) 2026-04-04 23:56:42
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