| 三菱 パジェロ ラリーレイドカー '85 | ||
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| メーカー | 三菱 | |
|---|---|---|
| 英名 | Mitsubishi Pajero Rally Raidcar '85 | |
| 年式 | 1985 | |
| エンジン | 4G54 | |
| タイプ | ラリーカー SUV | |
| カテゴリー | Gr.X | |
| PP(初期値) | XXXX | |
| 総排気量 | 2,600cc | |
| 最高出力 | 230PS/X,XXXrpm | |
| 最大トルク | XXXkgfm/X,XXXrpm | |
| パワーウエイトレシオ | XX.XXkg/PS | |
| 駆動形式 | 4WD | |
| 吸気形式 | TB | |
| 全長 | 3,920mm | |
| 全幅 | ---mm | |
| 全高 | 1,890mm | |
| 車両重量 | 1,202kg | |
| 重量バランス | 50対50 | |
| トランスミッション | 5速 | |
| 登場 | グランツーリスモ4 グランツーリスモ5 グランツーリスモ6 | |
| 備考 | 1985年のパリ-ダカール・ラリーに参戦用として、 開発された三菱のラリーレイドカー。 | |
概要
三菱 パジェロ ラリーレイドカーは、三菱が1985年のパリ-ダカール・ラリーに参戦として開発されたラリーレイドカーで、本車はパトリック・ザニロリのドライブで日本車初のパリダカ総合優勝を果たしたマシンである。2025年には実車がレストアされた。市販パジェロのラダーフレームをベースにフランスのソノート社が制作した複合材料のボディを搭載している。デザインこそ市販車と共通テイストであるが、フロントアクスルが前進されたことによりホイールベースが伸びており、ボンネットやドアの分割線も市販車と異なっており、ボディはレーシングカーとして専用に作り直されている。市販車の背面タイヤは無い。
解説
三菱がパリ・ダカールラリーに初参戦したのは1983年のこと。この時は市販車無改造クラスにエントリーし、アンドリュー・コーワンのドライブで初出場、初クラス優勝という快挙を成し遂げた。85年にはプロトタイプクラスにクラスアップ。ザニロリとコーワンが総合優勝に加えて、1ー2フィニッシュという栄誉を勝ち取っている。しかし、このマシンを製作したのは三菱自身ではなく、フランスのソノート社だった。市販パジェロのラダーフレームに複合材料のボディを載せたマシンはフロント・ダブルウィッシュボーン、リア・リジッドという足回りも市販車の流用だったのである。88年、三菱は自ら、パイプフレームにダブルウィッシュボーンのサスを組み合わせたプロトタイプの開発に着手する。2.6リッター直4ターボをフロントミッドに搭載するWRCのグループBに近いこの怪物マシンにより、篠塚健次郎が90年のオーストラリアラリーで優勝、91年のダカールラリーで2位に入った。翌92年には空力性能を進化させ、パリ・ケープタウンラリーにて1位から3位を独占し、パジェロの強さは決定的なものとなった。97年、パリ・ダカでプロトタイプが禁止されると、パジェロはT2クラスへと舞台を移す。このT2クラスは市販車に近い、いわばグループAで、WRCのランサー同様、パジェロにもエボリューションモデルが登場した。このパジェロ・エボは篠塚健次郎の日本人初優勝を実現し、さらに4位までを独占するというパジェロ帝国を築いたのである。2002年からT2クラスに改造範囲の広いスーパープロダクションカーが登場する。このマシンはいわばWRCのWRカーで、パジェロはマルチチューブラーフレームのカーボンボディに市販車譲りの3.5リッターV型6気筒エンジンを搭載した。このクルマで、2002年、2003年と、増岡浩が総合優勝を果たしたことはまだ記憶に新しいニュースと言えよう。
登場シリーズ
グランツーリスモ4
ツール・ド・タヒチ(ハード)のプレゼントカーとして入手可能。ちなみに、全長が3920mmと短いため、J'sコンパクトカップ、ワールドコンパクトカーレースにも出場することができる。当然ながらハイパワーな車なのでぶっちぎりで優勝。
