私立ルドビコ女学院
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概要
以下、本稿では主にカトリック関連の事柄を解説します。正確を期しますが、誤りがありましたら以下問い合わせ先までご一報ください。
(文責、問い合わせ先:鐘花文庫)
(文責、問い合わせ先:鐘花文庫)
目次
キリスト教とは
ナザレのイエスを救い主として信仰する宗教。文化庁の最新の宗教統計調査(外部リンク)によると日本国民のおよそ1%がキリスト教(カトリック、プロテスタント諸派などの総計)の信徒である。
様々な分派があるが、ニケア・コンスタンティノープルの信仰宣言を採用するものをキリスト教と呼ぶことが多い。信仰宣言を概観すると、
- 天地の創造主である全能の父である神
- 唯一の主イエス・キリスト
- 処女懐胎
- 主の復活
- 最後の審判
- 聖霊
- 聖なる普遍の教会
- 罪の赦しをもたらす唯一の洗礼
- 復活と永遠の命
を信じると宣言している。
カトリック
カトリックは使徒ペトロの後継者であるローマ教皇の統治のもとで成立している教派である。ニケア・コンスタンティノープルの信仰宣言(カトリックではより簡略化した使徒信条も用いる)、三位一体の神、七つの秘跡を信じ、ローマ教皇の教導権に従うことが特徴。
ローマ教皇
司祭の中から選出された最高位の司祭で教会の一致の象徴。公式な肩書きは
ローマの司教、イエス・キリストの代理者、使徒たちのかしらの後継者、普遍教会の最高司教、イタリア首座司教、ローマ管区首都大司教、バチカン市国元首、神のしもべたちのしもべ。
である。
カトリック教会において聖職者は
カトリック教会において聖職者は
- 司教
- 司祭
- 助祭
の三段階に大別される。
司教はキリストの使徒の後継者であり、教皇のもとで任された地域(教区と呼ぶ)を治め、他の司教と協力して全教会のために働く。なかでも特にローマ教区の司教は歴史上早くから指導者的地位を持つようになり、教皇として全教会の指導者としての役割を果たすようになった。
司祭は司教によって任命される(叙階)司教の協力者。修道会で教育などの各修道会の使命のために働く修道会司祭と教区の中のそれぞれの教会(小教区と呼ぶ)で信徒の信仰生活に奉仕する教区司祭に分類されるが、修道会が受け持つ小教区では修道会司祭が教区司祭の仕事を兼ねることもある。
助祭は司祭同様司教の協力者だが、祭司職としてではなく奉仕者として見なされる。司祭になる前段階としての助祭(通常司祭叙階前の一年程度)と、生涯を助祭として生きる終身助祭の二つがある。終身助祭は妻帯が可能であり、また近年職務の見直しが進められる。
司教の中でも教皇によって任命された枢機卿団(原則司教の中から選ばれる)が選挙権を持つコンクラーヴェ(Conclave、ラテン語で"鍵のかかった")で選出されるのが教皇である。被選挙権は全ての男性一般信徒であるが、現実的には司教や大司教から選出される。仮に司祭が選出された場合、教皇は教皇である以前にローマ教区の司教であるため司教叙階がなされてから教皇に就任することになる。
司教はキリストの使徒の後継者であり、教皇のもとで任された地域(教区と呼ぶ)を治め、他の司教と協力して全教会のために働く。なかでも特にローマ教区の司教は歴史上早くから指導者的地位を持つようになり、教皇として全教会の指導者としての役割を果たすようになった。
司祭は司教によって任命される(叙階)司教の協力者。修道会で教育などの各修道会の使命のために働く修道会司祭と教区の中のそれぞれの教会(小教区と呼ぶ)で信徒の信仰生活に奉仕する教区司祭に分類されるが、修道会が受け持つ小教区では修道会司祭が教区司祭の仕事を兼ねることもある。
助祭は司祭同様司教の協力者だが、祭司職としてではなく奉仕者として見なされる。司祭になる前段階としての助祭(通常司祭叙階前の一年程度)と、生涯を助祭として生きる終身助祭の二つがある。終身助祭は妻帯が可能であり、また近年職務の見直しが進められる。
司教の中でも教皇によって任命された枢機卿団(原則司教の中から選ばれる)が選挙権を持つコンクラーヴェ(Conclave、ラテン語で"鍵のかかった")で選出されるのが教皇である。被選挙権は全ての男性一般信徒であるが、現実的には司教や大司教から選出される。仮に司祭が選出された場合、教皇は教皇である以前にローマ教区の司教であるため司教叙階がなされてから教皇に就任することになる。
七つの秘跡
カトリックが伝統的に認めてきたキリストによって制定された目に見えない神の存在という現実を目に見える聖なる印にしたもの(参考:YOUCAT カトリック教会の青年向けカテキズム)。
- 洗礼
- 堅信
- 聖体
- ゆるし
- 病者の塗油
- 結婚
- 叙階
の七つがあるが、本稿ではSSなどで扱われうる洗礼、聖体、ゆるし、病者の塗油について特に詳しく取り上げる。
最も基礎的な秘跡であり、他の秘跡を受ける際の条件となる。キリストの十字架の死によって原罪と全ての罪から解放され、終わりのない命へと導く神との契約。
古典的には受洗者を三回水に沈める方法がとられたが、現代では奉仕者が頭(通常こめかみの辺り)に三回水を注ぎながら父と子と聖霊のみ名によってあなたに洗礼をさずけます。といって成立する。
洗礼を受ける条件は洗礼を受けていないこと、受洗の場で信仰を宣言することの二つで、日本における洗礼では使徒信条をより簡略化した洗礼式の信仰宣言を用いることがある。
古典的には受洗者を三回水に沈める方法がとられたが、現代では奉仕者が頭(通常こめかみの辺り)に三回水を注ぎながら父と子と聖霊のみ名によってあなたに洗礼をさずけます。といって成立する。
洗礼を受ける条件は洗礼を受けていないこと、受洗の場で信仰を宣言することの二つで、日本における洗礼では使徒信条をより簡略化した洗礼式の信仰宣言を用いることがある。
通常秘跡を執り行えるのは司教か司教の代理人としての司祭であるが、洗礼はその重要性から助祭であっても執り行え、また緊急の場合などには一般信徒やキリスト者でない人でも洗礼を授けることができる(緊急洗礼)。洗礼に際して受洗者は父と子と聖霊のみ名によって洗礼名を授かる。古くは幼児洗礼が基本であったため、親が子供の良き規範、守護者であるよう願いを込めて聖人の名前をつけていた。現代でも意味合いは変わっておらず、旧約聖書イザヤ書43章1節の主の言葉
あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。
が典拠となっている。
それぞれの聖人には記念日があり、カトリック圏ではその記念日を霊名の祝日と呼び、誕生日に変えて祝うことも多い。洗礼名は教会学校(子供向け)やカテキズム講座(大人向け)で指導した司祭がつけることが一般的だが、受洗者の希望を聞くこともある。よく使われる選び方としては、
- 誕生日が祝日の聖人
- 成人洗礼の場合、職業の守護聖人
- 受洗の前後に列聖されたなど何らかの形で縁のある聖人
がある。なお洗礼名は一人の聖人からでなければならないという規定はなく、実際本稿筆者の友人に三名の聖人の名前を洗礼名とする信徒がいる。
日本ではラテン語読みでつけられることが多く、そのため女性の信徒に対しては女性形に曲用したものが使われる(e.g. Francisco→Francisca)ほか、洗礼名の頭に「マリア」をつけることがしばしばある。
日本ではラテン語読みでつけられることが多く、そのため女性の信徒に対しては女性形に曲用したものが使われる(e.g. Francisco→Francisca)ほか、洗礼名の頭に「マリア」をつけることがしばしばある。
- 堅信
カトリックの入信に必要な三つの秘跡の2番目。洗礼によってなされた神との契約をより強固にし(confirmatio)、完成させる秘跡。この秘跡によって信徒はカトリック教会の責任ある一員として認められるため、幼児洗礼の場合は教会学校などでカテキズムを学んだのちに受けることになる。ある程度成長してから洗礼を受けた場合は洗礼と堅信を同時に行うことが通例。
通常司教によって行われるが、大きな教区などでは司教の代理人として司祭が執り行うこともある。
- 聖体
キリスト教生活全体の泉であり頂点(教会憲章)である最も重要な秘跡でカトリックの入信に必要な三つの秘跡の最後。一般にミサと呼ばれるものに該当し、キリストの体であるパンと多くの人のために流されて罪の赦しとなる新しい永遠の契約の血に預かる。最後の晩餐で主イエスキリストが「これを私の記念として行いなさい」と言ったことに由来し、最後の晩餐を再現する祭儀。
この秘跡を行うのはすべて主イエスキリストご自身であり、司式者はその代理として立っている。これは代理人として命じられたということではなく、叙階に基づきキリストと結ばれた司祭を通して主イエスキリストが行なっているというように教会は信じている。このようなキリストの代理として(In persona Christi)行われる全ての秘跡は秘跡を取り行ったものの力や道徳的完全性によらず、正しい儀式であれば全て有効となる。極端な例を持ち出せば、仮に非人道的な行為に手を染める聖職者によってなされた秘跡であってもその司祭職が正当なもので、儀式が正当であれば有効である。
全ての信徒は主日のミサと祝うべき祝祭日のミサに参加する義務を負う。そのため新型コロナウィルス感染症の拡大などによって集まることが困難である場合には司教の権限において「主日のミサ参加の義務を免除する」と宣言される。
ミサ中で行われる聖体拝領で聖体を受けることができるのはカトリックの信徒のみであるが、信徒でない人も司祭の祝別を受けることが可能。
日々の生活の中で大小様々な罪を犯してしまう人間が再び神と和解するための儀式。そう言った意味では生涯にただ一度しか受けることのできない洗礼に対して、繰り返し受けられる洗礼がゆるしの秘跡とも言えるのかもしれない。
この秘跡は罪の糾弾ではなく、神との和解が本質である。教会は信徒に対して分別のつく年齢になったら一年に一回はこの秘跡を受けるよう勧めている。また、大きな罪を犯してゆるしがなされていない場合、聖体の秘跡に預かることはできない。この秘跡も聖体同様神によって行われるものであり、司祭や司教はその代理として「あなたの罪は赦された」と罪をゆるす。破門(信徒に対して秘跡に預かることを禁じる措置)につながる罪である場合には司教、稀に教皇のみがゆるしを与えることができるが、通常は司教の代理人である司祭でもこの秘跡を執り行うことができる。特殊なケースとして、死の危険にある場合や重大な必要がある場合には一般赦免として個別の告白なしに回心者全体をいちどに赦免することがある。たとえば大規模な戦闘を前にした兵士にはこういった一般赦免が与えられるのが習わしだった。
この秘跡の中で司祭は回心者から罪の告白を受けるが、この時聞いた内容はいかなる事情においても漏らしてはならない。教会法に規定があるように、カトリック信徒は神法に反しない限り一般の法に従う義務を負うため、日本国法に対しても司祭としての守秘義務が優越する。これを破った司祭は破門される。
なお、カトリックではなくプロテスタントの牧師に関わる事件であるが、建造物侵入などの罪で捜査された高校生を、そうと認識しながら一週間教会施設に宿泊させ、これを蔵匿したとして牧師が起訴された事件が実際にある。牧会活動事件として知られるこの事件では牧師は警察の追求を逃れており、これが犯人蔵匿に該当するとされた。これに対して神戸簡易裁判所は一連の行為は犯人蔵匿に該当するものの、牧会活動であり、正当な業務行為として違法性を阻却できるとして無罪判決が確定した。
死の危険にある信徒を力づけ、危険や苦しみにある病人をキリストと深く結びつける秘跡。かつては終油の秘跡と呼ばれ、死の直前に受けるものと誤って解釈されてきたが、死の危険があり、信徒が望むならいつでも受けることができる。死の危険に際して行われるゆるし、塗油、拝領の三儀式で最も優先されるのはゆるし、次が拝領で時間が許すならば塗油を行うとされる。状況に応じてかなり変わった対応が取られるが、詳細についてはカトリック儀式書「病者の塗油」を参照されたい。この秘跡も叙階の秘跡を受けた司教や司祭を通してキリストが行う。
様々な事情によって臨終に司祭が間に合わなかった場合でも、死後にこの秘跡を授けることはない。この秘跡がなくとも死後の救いには影響はないとされる。しかしこの秘跡を受けたいと望む信徒に秘跡を授けることは聖職者の責務の一つであり、例えば大戦下、戦場の惨禍に耐えきれず逃亡した司祭は兵士が塗油を受ける機会を奪ったとして強く非難された。
死の危機に瀕している非信徒に対する緊急洗礼ではキリスト教信者でない家族や居合わせた人によって洗礼を授けることが特別に許されているが、塗油は司祭でなければ行うことができない。その場合でも洗礼の成立によってキリストの十字架に結ばれて罪は赦されたと解釈される。
- 結婚
一組の男女が神と教会の前で誓いを交わすことによって成立する。
- 叙階
司教によってキリストの代理人としての聖なる権威を受ける秘跡。祭司職には先述の通り助祭、司祭、司教の三段階があるため、叙階にも助祭叙階、司祭叙階、司教叙階の三つがある。
参考資料
洗礼名
カトリックでは聖人の名前を洗礼名として受ける。
簡略的に解説すると、聖人(およびその前段階に当たる福者や尊者)には証聖者と殉教者がいる。証聖者の場合、福者に列せられる(列福)ために一つ、さらにその後聖人に列せられる(列聖)ためにもう一つの奇跡が必要であるが、殉教者の場合は列福のために奇跡が必要とされない。
具体的な奇跡としてはルルドの聖ベルナデッタのような腐敗しない遺体、幼きイエスの聖テレジアのようなより頼んだ者の病気快癒があげられる。これらの奇跡は列聖を司るヴァチカンの列聖省が調査し、認定する。
誕生日が祝日である聖人、ついている職業、生まれた土地の守護聖人、自身の洗礼に前後して列聖された聖人などゆかりのある聖人の名が洗礼名として選ばれることが多い。なお、洗礼の前には教会学校等でカテキズム(公教要理)を学ぶ必要があり、その際に教育に当たっていた司祭が選ぶことが通例であるが、自身で選ぶこともある。
特に女性が洗礼を受ける場合、洗礼名を女性形にすることがしばしば行われ、たとえば大天使ガブリエルであればガブリエラとなる。加えてその前に「マリア」を付して正式な洗礼名とすることもありその場合の洗礼名は「マリア・ガブリエラ」となる。
実際には上述の様に選ぶものだが、キャラクターにつけるのであれば
- 誕生日から選ぶ
- 生まれ育ちなどから選ぶ(拷問被害者の守護聖人、孤児の守護聖人など)
- 純粋に響きから選ぶ
などが考えられる。どの聖人が何の守護聖人なのかは最も簡単に調べる方法としてはWikipedia記事の「守護対象(patronage)」を参照されたい。
緊急洗礼
信徒でないが、強く洗礼を望んでいた人が死の危険に瀕している際に特別に許される洗礼の形式。この秘跡だけは信徒以外が行っても成立するが、その後速やかに教会に届け出る必要がある。基本的にはその小教区の司祭を呼ぶべきではある(塗油が行えないため)が、間に合わない可能性があるならば洗礼だけでも授けるためこの制度が存在する。
用意するものは水のみ。水がなければ、できる限り人の手が加わっていない液体を用いる。例えば輸液に使われる生理食塩水と水道水であれば水道水を選ぶ。その水を受洗者の頭に三回注ぎながら父と子と聖霊のみ名によって洗礼を授ける。聖水を用いないのみでこの部分の手続きのみは通常の洗礼と同様。病者の塗油同様、死に瀕して行われるこういった秘跡は可能な限り意識があるときに授けておくべきとされる。
公式リリィの洗礼名
[部分編集]
注:正確を期してはいますが、原作の想定とは異なる可能性があります。参考にとどめてください。
+ | クリックすると開きます |
オリリィの洗礼名(作者様に許諾が取れたものから掲載していきます)
[部分編集]
注:正確を期してはいますが、作者様の想定とは異なる可能性があります。参考にとどめてください。
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ニケア・コンスタンティノープルの信仰宣言
(日本カトリック司教協議会認可済みの日本語版) | (ラテン語版) |
わたしは信じます。唯一の神、 全能の父、 天と地、 見えるもの、見えないもの、すべてのものの造り主を。 わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。 主は神のひとり子、 すべてに先立って父より生まれ、 神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神、 造られることなく生まれ、父と一体。 すべては主によって造られました。 主は、わたしたち人類のため、 わたしたちの救いのために天からくだり、 聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、 人となられました。 ポンティオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、 苦しみを受け、葬られ、 聖書にあるとおり三日目に復活し、 天に昇り、父の右の座に着いておられます。 主は、生者(せいしゃ)と死者を裁くために栄光のうちに再び来られます。 その国は終わることがありません。 わたしは信じます。主であり、いのちの与え主である聖霊を。 聖霊は、父と子から出て、 父と子とともに礼拝され、栄光を受け、 また預言者をとおして語られました。 わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会を信じます。 罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め、 死者の復活と 来世のいのちを待ち望みます。アーメン。 |
Credo in unum Deum, Patrem omnipotentem, factorem caeli et terrae, visibilium omnium et invisibilium. Et in unum Dominum Jesum Christum, Filium Dei unigenitum, et ex Patre natum ante omnia saecula. Deum de Deo, Lumen de Lumine, Deum verum de Deo vero, genitum non factum, consubstantialem Patri; per quem omnia facta sunt. Qui propter nos homines et propter nostram salutem descendit de caelis. Et incarnatus est de Spiritu Sancto ex Maria Virgine, et homo factus est. Crucifixus etiam pro nobis sub Pontio Pilato, passus et sepultus est, et resurrexit tertia die, secundum Scripturas, et ascendit in caelum,sedet ad dexteram Patris. Et iterum venturus est cum gloria, iudicare vivos et mortuos, cuius regni non erit finis. Et in Spiritum Sanctum, Dominum et vivificantem, qui ex Patre Filioque procedit. Qui cum Patre et Filio simul adoratur et conglorificatur: qui locutus est per prophetas. Et unam, sanctam, catholicam et apostolicam Ecclesiam. Confiteor unum baptisma in remissionem peccatorum. Et expecto resurrectionem mortuorum, et vitam venturi saeculi. Amen. |
使徒信条
(日本カトリック司教協議会認可済みの日本語版) | (ラテン語版) |
天地の創造主、全能の父である神を信じます。 父のひとり子、わたしたちの主イエス・キリストを信じます。 主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、 ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、 十字架につけられて死に、葬られ、陰府(よみ)に下り、 三日目に死者のうちから復活し、天に昇って 全能の父である神の右の座に着き、 生者(せいしゃ)と死者を裁くために来られます。 聖霊を信じ、 聖なる普遍の教会、 聖徒の交わり、 罪のゆるし、 からだの復活、 永遠のいのちを信じます。 アーメン。 |
Credo in Deum, Patrem omnipotentem, Creatorem caeli et terrae, et in Iesum Christum, Filium Eius unicum, Dominum nostrum, qui conceptus est de Spiritu Sancto, natus ex Maria Virgine, passus sub Pontio Pilato, crucifixus, mortuus, et sepultus, descendit ad inferos, tertia die resurrexit a mortuis, ascendit ad caelos, sedet ad dexteram Patris omnipotentis, inde venturus est iudicare vivos et mortuos. Credo in Spiritum Sanctum, sanctam Ecclesiam catholicam, sanctorum communionem, remissionem peccatorum, carnis resurrectionem, vitam aeternam. Amen. |
主の祈り
斜体部分は最初のラテン語訳聖書であるBiblia Sacra Vulgataに記載がなく、聖ヒエロニムスがウルガタ訳を作ったのちに付け加えられたと考えられている(Wikipediaより、出典未確認だがウルガタ訳には確かに該当部分はない)。そのためカトリックにおいては主の祈りとしてこの部分を唱えることはなく、ミサ中でも主の祈りの後に副文として「国と力と栄光は、永遠にあなたのもの(Quia tuum est regnum, et potestas, et gloria in saecula.)」と唱えるのみである。
(日本カトリック司教協議会認可済みの日本語版) | (ラテン語版) |
天におられるわたしたちの父よ、 み名が聖(せい)とされますように。 み国が来ますように。 みこころが天に行われるとおり 地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を 今日もお与えください。 わたしたちの罪をおゆるしください。 わたしたちも人をゆるします。 わたしたちを誘惑におちいらせず、 悪からお救いください。 国と力と栄光は 永遠にあなたのものです。 アーメン。 |
Pater noster, qui es in caelis, sanctificetur nomen tuum. Adveniat regnum tuum. Fiat voluntas tua sicut in caelo et in terra. Panem nostrum quotidianum da nobis hodie, Et dimitte nobis debita nostra, sicut et nos dimittimus debitoribus nostris. Et ne nos inducas in tentationem; sed libera nos a malo. Quia tuum est regnum et potentia et gloria in saecula saeculorum. Amen. |
アヴェ・マリアの祈り
(日本カトリック司教協議会認可済みの日本語版) | (ラテン語版) |
アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、 主はあなたとともにおられます。 あなたは女のうちで祝福され、 ご胎内の御子イエスも祝福されています。 神の母聖マリア、 わたしたち罪びとのために、 今も、死を迎える時も、お祈りください。 アーメン。 |
Ave Maria, gratia plena, Dominus tecum benedicta tu in mulieribus, et benedictus fructus ventris tui, Jesus. Sancta Maria, Mater Dei ora pro nobis peccatoribus nunc et in hora mortis nostrae. Amen. |